あの頃僕らは若かった 2





この硝子の世界は変わらないと、そう思っていた。



「…ねぇ、あの人…」
「ああ、なんていうんだっけ?また傷だらけだよ」
「なんかヤバいことやってそー…」
「しっ!聞こえるよ…」
がんっ!
テーブルの上に足を叩き乗せると、リーマスは軽く舌打ちしてひそひそ話していた二人組をじろりと睨んだ。悲鳴をあげて去っていったのを見送ってから、溜め息をついて席を立つ。
始業の時間が近付いていたが、リーマスはそのまま教室を出ると、湖の方へ向かって歩き出した。






…わかっていた。
自分がホグワーツに入れたのは、奇跡のようなものだ。虐げられるのも、疎まれるのも、もう慣れていたつもりだ。それでも毎月、満月の翌日は…気が、重かった。
「くそっ!」
がんっ、と木の幹に拳を叩き付けてから、腕を負傷していたことを思い出す。
(…っ痛…)
その傷をつけたのは自分自身なのだから、また質が悪かった。誰を恨むことも、非難することもできない。己が喰らいついた腕、深く残った爪痕、壁に叩き付けたときにできたアザ。
今更言われなくても分かっているのに、「夢じゃない」と改めて言われているような錯覚に陥る。
…こんな己が、憎い。
「あっれー?」
だが、その思考は唐突に聞こえた、間の抜けた声によって遮断された。
「君、えーと…確か、チャールズ・エレクトニック三世だっけ?」
声の出どころは、頭上だった。木に腰かけた誰かが、自分に向かって話しかけているらしい。
「違うだろ、ジェームズ。彼はアレキサンダー・ワイルドだ」
さらに違う声が聞こえたが、姿は見えない。きっと、葉の陰に隠れて見えないのだろう。
「…何か用か」
「え、あれ、名前についてはツッコミ入れてくれないの?居たたまれないんだけど」
がさっ!
葉ずれの音と共に、人が一人降ってきた。見覚えのある顔だ。名前は確か…
「僕はジェームズ・ポッター。それと」
がささっ!
再び人が降ってきて、彼――ジェームズの横に並んだ。
「こいつがシリウス。僕の相棒だ」
言って、にこりと笑った。
「よろしく!」
「…よろしくする言われはない」
それだけ言って立ち去ろうとすると、後ろからローブの裾を掴まれた。
「つれねーなぁ。俺らのこと嫌い?」
「…っ、放せ!」
振り払おうと腕を振り上げると、シリウスはぱっと手を放した。
「悪ぃ、怒らせるつもりはなかったんだけど」
「ところで」
(…まだ何かあるのか?)
こんなにたくさん言葉を交したのは久しぶりで、勝手が分からない。第一、彼等は自分のことが怖くないのだろうか。
「名前、教えてくれないかなあ」
「…は?」
「だから、名前。まさか本当にチャールズじゃないだろ?」
…知りたい?自分の、名前を?
「…リーマス。リーマス・ルーピン」
気付いたときには、自分でも驚くほど素直に名乗っていた。…誰かに、名前を聞かれたのなんて初めてだ。
「おっけー、リーマス。な、お前もサボりか?」
(いきなり名前呼び…!?)
あまりの図々しさに呆気に取られたが、…不思議と、嫌悪感はなかった。
「あぁ、まあ、そんなもん…」
それを聞くと、シリウスは瞳を輝かせた。
「おい、ジェームズ!」
「ああ…よし!なぁリーマス、実は協力して欲しいことがあるんだ」
シリウスと同じく瞳を輝かせ、ジェームズはがしっ!とリーマスの肩を掴んだ。
「極秘事項なんだが、今回のは大掛りで…仲間が必要なんだ」
…なか、ま?
「…ひとつ、聞いてもいいか?」
「うん?」
「なんだ?」
きょとん、として言うジェームズとシリウスに、リーマスは疑問をぶつけた。
「…怖くないのか?」
「「は?」」
「だから、僕のことが、怖くないのか?」
なんでそんなに普通に接するんだ?あちこちで見掛けたことがあるだろう?荒れて、野蛮で、傷だらけの僕を。
「…別に?」
「なぁ」
不思議そうに顔を見合わせる二人を見て、リーマスは言葉を失った。
「…本当に?」
本当に、なんともない?
「…あぁ。よくわかんないけど、別になんともないぜ?」
「ところで、さっきの話の続きなんだけどさ!」
ジェームズが、喜々として言葉を続けようとしたときだった。
「そこの三人!何をしているんだ、今は授業中だぞ!」
「やばっ…見付かった!」
「何してんだよ、逃げるぞ!」
「え…」
呆気に取られているリーマスの腕を、二人は同時に引っ張った。

「「リーマス!!」」

「…ああ!」
初めての感覚。
初めての感情。



硝子は外側から、無躾な二人に叩き壊されて…

…世界が、変わった。





「どうかされましたか?ダンブルドア」
「ほっほ。いや、いたずら小僧がまた増えそうじゃ…」




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リーマスって、そんな簡単に溶け込めはしなかったと思うんですよ。がつんがつんに荒れてて、なんかもう自暴自棄みたいになってて。周囲からも「危ない人」と思われて一歩引かれてたりとか…。
でも2人に出会って変わった、みたいな。そんな感じのお話を書きたかったのです。
その後は「笑顔のままで相手の首を締めるような」イイキャラになっていったと(笑)。私のリーマス像ってそんな感じです。




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