…けりをつけなければいけないと、そう思った。 「…でぇと?」 「しぃーっ、黒羽には聞こえないように」 きょとん、として聞き返した花冬に、白馬は慌てて言った。 「いや…でも一応、私快斗と…」 「それはわかってるよ。ただ、山木さんにどうしても伝えたいことがあるんだけど…だめかな?」 ちらり、と快斗を見ながら急いで言葉を続ける。幸い彼は今、同級生と会話中でこちらには気付いていない。 (…この前快斗に釘さされちゃったんだけどなあ…) キッドを追う、という目的なしに、ただ単純に白馬と会う。快斗が知ったら、烈火のごとく怒りそうだ。怒りそう、なのだが… 「うん、いいよ」 「本当に?良かった、じゃあ…」 言って、日時、場所などを慌ただしく告げる。 「じゃあ、また!」 「うん、またね」 (…なんだか白馬くん、すごい必死なんだもん…) …ばれなきゃ、いいよね? そう自分を納得させ、花冬は自席についたのだった。 「お待たせー!」 「…あ、山木さん…」 言って、白馬は暫し言葉を失った。現場に行くときは、いつも制服のままで。更に、当たり前だが校外で会うのは今日が初めてで…。 …早い話が、花冬の私服に見とれていたのである。 「…あ、山木さん、その服、すごくよく似合ってるよ」 なんとか、それだけを絞り出すように言った。 「え?そうかな…へへ、ありがとう」 言って、くるりと一回転する。 「どう?」というポーズだ。 「…私めがエスコートで申し訳ありませんが…よろしいですか、お嬢様?」 それに合わせて、白馬も軽く一礼して手を差し出す。 「ええ、喜んで。でも…」 白馬の手をとった後で、花冬はちらりと白馬の後ろを見やる。 賑やかな音楽、あふれ返る人の波、人々の悲鳴や喧騒、笑い声。『トロピカルランド』とでかでかと掲げられた看板。 「…気に入らないかな?他にデートスポット、って思い付かなくて」 花冬の目線を追って、白馬が不安そうに言う。 「ううん、私は大好きだけど。ただ、白馬くんってこーいうの苦手そうに見えたから」 「…え?」 …しまった。 花冬が喜びそうなところ、と思ってチョイスしたトロピカルランド。 だが、自分は… 「でも、大丈夫みたいで良かった!じゃ、行こっか」 「うわっ」 ぐいっ、と腕を引かれ、慌てて後に続く。 (…まぁ、いいか) いきなりジェットコースター、ということもないだろう。 いきなりジェットコースターだった。 「あー…」 「だ、大丈夫?白馬くん、やっぱり駄目だった…?」 ベンチに座り込んで青白い顔をしている白馬に、花冬はおろおろとして言った。 「あ、私、何か飲み物買ってくる!」 そう言うと、急いでどこかへ走っていく。 「…最低だな」 それを見送って、白馬は自嘲気味に呟いた。デートで遊園地に行き、ジェットコースターで真っ先にダウンするなんて。『ダメな男ベスト10』なんてのがあったら、相当上位にランクインしていることだろう。 (…しっかりしろ、白馬探!今日が最後のチャンスなんだからな) 気合いを入れ直し、立ち上がろうとした瞬間。 ぴとっ。 「うわわわっ!?」 「あはは、驚いた?」 突然頬に当たった冷たさに、慌ててそちらを見やる。そこには、片手に缶ジュースを持って笑顔で立っている花冬がいた。 「…山木さん…」 「ごめんごめん。緑茶で良かったかな?」 すとん、と白馬の横に座ると、そう言って先ほどの缶を手渡す。 「あ、ありがとう」 「どういたしましてー。次、何に乗ろうか?」 自分はコーラを飲みながら、パンフレットをめくる。 「あ、お昼からショーがあるみたいだよ。これ、見に行ってみようか!」 「そうだね。何をやるんだい?」 ショーを見ている内に、気分も良くなるだろう。そう思い、花冬に聞く。 「えっと…『あなたを魅了する、次々と繰り出されるマジック!天才高校生マジシャンが登場!!』…だっ…て…」 沈黙。 「…えーと…違うのにしようか」 「…そうだね…」 (まさか快斗…気付いてないよね…?) (まさか黒羽…やはり気付いて…?) 互いに心中穏やかではない。だが、ショーを見に行かなければいいだけなのだ。他にも乗り物は沢山ある。 「じゃあ、これはどうかな?」 乗り物に乗って、太古の時代を体験するというものだ。激しい落下もないようだし、これなら大丈夫だろう。 「そうだね。…けど山木さん、僕のせいで絶叫系を遠慮しているだろう?…すまない」 本当に申し訳なさそうに言う白馬に、花冬は慌てて手を振って言った。 「そんなことないよ!すごく楽しいし…だからそんなこと、気にしないで?」 「ありがとう、山木さん…じゃあ、行ってみようか」 「あ、そうだ」 突然、花冬が声を上げて言う。 「今日はデートなんだし、下の名前で呼ぶっていうのはどうかな?そのほうが自然だし」 他の人が時々、変な目で見るんだよね。そう言って、花冬は軽くウィンクした。 「どうかな?探くん」 「あ…うん。じゃあ行こうか、花冬さん」 「うん!」 どうしようもなく胸が高鳴る。…今はただ、この瞬間を楽しもう。 白馬は、花冬の手をとって歩き出した。 「うわ…もうこんな時間?時間がたつの早いなー」 「…本当だ…もう暗いじゃないか」 あれからあちこち歩き、あまりハードではない乗り物に乗り。あちこちで見掛ける「噂のマジシャン、ファンブック緊急発売!」だの「天才奇術師と握手!」だの、そういったものはさらりとかわしてきた。 「花冬さん、最後にあれに乗りたいんだけど…いいかな?」 「あれ?」 白馬の目線を追って、頭上を見る。そこには、夜の闇の中で鮮やかに輝く観覧車があった。 「うん!私、観覧車大好きなんだ」 「本当に?良かった…じゃあ、行こうか」 すっ、と花冬の手をとり、にこりと微笑む。 (あ…) 白馬は、何か話があると言っていた。 …きっと、この中で言うつもりなんだ。 「はい、王子様」 少しおどけた口調でそう言い、花冬は白馬と共に観覧車に向かった。 「わー!」 ある程度昇ってから。外を見て、花冬は歓声を上げた。 「ね、ね、探くん!すごい綺麗だよ!見て見て!」 「…うん、綺麗だね…」 向かい側に座り、白馬は花冬を見ながら言った。 暗い中で、微かに入り込むネオンの明かり。その明かりを映し、窓の外を見ている花冬は本当に綺麗だった。いつまでも見ていたい、と思いかけ、首を振る。 …自分は、今日何をしにここへ来たのか。 「花冬さん」 「ん?」 名を呼ばれ、くるりと振り返る。 …途端、白馬の真剣な眼差しに絡めとられ、目をそらすことができなくなった。 「…話が、あるんだ」 そのまま、目をそらさず、そらすことも叶わず。花冬は、黙って先を促した。 「実は、僕…明日、ロンドンに戻ることになっていて」 「…え?」 唐突な白馬の告白に、花冬は目を見開いた。 「な…なん、で?」 「やり残した事件があってね…戻らないわけにはいかないんだ」 そこで一旦目を伏せ、すぐにまた戻す。 「だから、これだけは伝えておきたかった。僕は、」 がこんっ。 突然観覧車が揺れ、大きな音と共に動きが止まる。 「な…なに?」 きょろきょろする花冬に大丈夫だよ、と声を掛けてから、白馬は周りを見渡した。 (…これは…) 他のアトラクションは普通に動いている。明かりが消えているものもない。…更に、今動きが止まらなければ、肝心のところで観覧車が終わっていた。 (…借りができたな…) くるりと向き直り、再び言葉をつむぐ。 「花冬さん」 「…え?」 「僕は、君のことが好きだ」 「……あ…」 真っ直ぐに。 躊躇いも、虚偽もない、透明な言葉。 (逃げたら、探くんを傷付けることになる) だから、自分も。 真っ直ぐに答えなければいけない。 「…ごめんなさい」 きゅ、と唇を間一文字に結んで、花冬は静かに、だがはっきりと答えた。 「探くんのことは好きだけど、お友達以上には見られない」 それを聞くと、白馬はつめていた息をふぅーっと吐き出した。 「…良かった」 「え?」 「伝えられて、良かった」 そう言うと、片眉を下げて苦笑する。 「おかしいな。フラれたのに、不思議と気持ちが晴れているんだ」 がこんっ。 まるで、それを待っていたかのようなタイミングで観覧車が再び動きだした。 「…今日は、付き合ってくれてありがとう」 「ううん、私の方こそ、すごく楽しかったよ。…ロンドン、かぁ。あ、お土産よろしくね」 「…っはは、そうだね、何かとびきりのものを買ってくるよ」 「期待してますー」 そう言うと、花冬は満面の笑みで笑った。 「…明日はもう、学校には来ないの?」 「ああ。朝早くに行くからね」 「そっか…」 トロピカルランドの出口で、二人はベンチに並んで座っていた。 「探くんなら大丈夫だよ、きっとすぐ解決できるから!がんばってね」 「…うん、ありがとう」 そう言って、白馬は立ち上がる。 「じゃあ、また。…黒羽によろしく」 「うん、ありがとう!…またね!」 言って花冬も立ち上がり、手を振って去って行った。それを見送ってから、近くにあった木の下へ移動する。どさり、と木の幹に背を預けると、そのまま話し掛けた。 「…さっきのは君の仕業だろう?借りができたな」 「…おめーにとっては一大決心だったんだろ?アイツがうんと言うとは思ってなかったからな。ちょっと助けてやっただけだよ」 木の上から降ってきた声に、白馬は見上げることもなく、当然のようにそのまま続ける。 「…盗聴してたのか?」 「んな野暮なことするかよ。雰囲気だ、雰囲気。…おめーこそ、よくオレだってわかったな」 そのセリフに、白馬は苦笑して言った。 「あれだけ自己アピールされればね。下手な真似するな、っていう警告だろ?そんなことするつもりなかったさ」 「…ご名答」 がさっ。 そこで、木の上から人影が飛び降りてきた。白馬とは幹を挟み、背中合わせに立って続ける。 「…明日はえーんだろ?さっさと帰れよ」 「ああ…そうさせてもらうよ。…花冬さんのこと、頼んだよ」 「…ああ…。」 「あと、僕が捕まえるまでは捕まるなよ」 「注文が多いな。オレはキッドじゃねーっつってんだろうが」 「まぁいいさ」 そう言って、白馬は幹から離れた。 「…元気でな」 「君もな」 振り返ることをせず、白馬はそのまま夜の闇へと足を踏み出した。 トロピカルランドを出て、待たせていた車に乗って。窓の外を眺めていると、ふいに涙がこぼれた。 「…あ…」 「どうかなさいましたか、ぼっちゃま」 「…なんでもない」 それだけ答え、そのまま窓の外を見続ける。 …好きだった。 どうしようもなく、好きだった。 本当は…もっと早く、泣きたかったのかもしれない。 「……花冬…」 …好きだった。 想いは届かなかったけれど、この気持ちは本物だ。だから今はただ、彼女の幸せを祈ろう。 …この世で一番の、幸せを。 ---------------------------------------------------------------- 2004.6.27 BACK |