「了解しました。では、こちらへどうぞ」
すっと立ち上がり、ビロードのカーテンを一気に引く。
「う、わっ…!!」
…目の前に広がるのは、どこの王宮のセットかと問いたくなるような見事なティーセットたちだった。無知な自分ではその価値は知りようもないが、知ったとしたら恐らく手に取ることも出来なくなるだろうから知らないままで良い事にする。
「さあどうぞ、お嬢様。」
「ありがとうございます!」
椅子を引かれ、腰掛ける。なんだか本当にワクワクしてしまって、ようやく楽しむだけの余裕が出てきた感じだ。
「お菓子も世界各国から取り寄せてあるので、お好きなものをどうぞ」
「はい!」
白馬が皿にとってくれたお菓子はどれも香ばしく、美味しそうだった。どれから食べようか悩み、手前にあったビスケットをとりあえず一口かじってみる。
「〜〜〜、おいしいっ!!」
「お口に合ったのなら、光栄ですよ」
「白馬先生は召し上がらないんですか?」
早くも次のクッキーを手に取って、が聞く。こんなに美味しいのだから、一緒に食べればいいのに。
「そうですね…では、僕もいただきましょうか」
「そうですよー!」
にこっと笑って、皿を差し出そうとした瞬間。
「いえ、僕はこちらが」
「え?」
白馬はの手首をひょいと掴むと、そのまま引き寄せてが手にしていたクッキーをひょいと口にした。
「ご馳走様でした」
言って、の指先にちゅ、とキスをして手を離す。
「〜〜〜〜っ!!?!?!」
ばっ、と手を引き寄せ、真っ赤になって口をパクパクさせる。あまりの出来事に、とっさに何を言えばいいのかもわからなかった。
「お嬢様が、どうぞとおっしゃったんですよ?」
「や、わ、私は、そ、そういうつもりでは…!!」
「…心を乱してしまいましたか?すみません。それではお詫びに、音楽で心を癒してくださいませ」
ぱちん、と白馬が指を鳴らすと、更に奥のカーテンが開いて(もうここは教室ではとか奥行きはとか考えるのはやめた)いかにも“いい音出しますよ〜”といった感じの最新のオーティオプレイヤーが姿を現した。
「本当は生演奏にしたかったんですけれど、さすがに許可が下りなくて。最も生音に近い音でお許しいただけますか?」
「勿論ですよ!」
「それでは」

…流れ出した旋律は、今まで聴いたことのないものだった。

「この…曲は……」
「海外のミュージシャンです。ご存知でしたか?」
「いいえ。知りませんでした。けれど…」
なんだろう、この感覚は。今まで知らなかった感覚…知らなかった音が、耳を介して心臓にまで届くようだ。
「…邦楽では感じたことがない感覚です。どうしてこんな声が出るんだろう?なんだろう…海外のミュージシャンは、体の中に入っている音楽が違うんでしょうか」
「体の中に入っている音楽が違う…成程。面白いコメントですね」
白馬はそれが気に入ったらしい。瞳を閉じて、ゆっくり反芻するように言ってから再び目を開ける。

「きっと、生まれたときに天使が鳴らしたラッパが、国によって違うんでしょうね。」

…瞬間、目を見開いて、固まってしまった。
生まれたときに、天使が鳴らしたラッパが、国によって違う?
「……白馬、せんせい。」
「はい?」
教師を見るときの、尊敬の眼差しで。白馬もまた、愛しむべき生徒を見る優しい眼差しで、答える。
「そうだったら、すごく素敵なことだと思います。ううん、きっとそうなんだと思います!」
「そうですね。僕もそう思いますよ」
興奮冷めやらぬ様子で、が言葉を続ける。
「先生の次の授業までに、国ごとの音楽の特性、調べてきてみます!見ていただけますか?」
「ええ、勿論。けれど、」
そこで一旦言葉を切ると、白馬はにこりと微笑んで言った。
「今はまだ、お嬢様と執事ですから。もう少しのんびりしてみませんか?」
「……は、い。」
やっぱり、顔は、直視できないままに。
はそう言って、少し冷めた紅茶を喉の奥に流し込んだのだった。

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…Happy Halloween !!