「…………だ、れ?」
「おやおや、随分と不躾なお嬢さんですね。相手に名を聞くときは、まず自分から。でしょう?」
(えー…っと。)
確かここは執事喫茶であって、仮装喫茶ではなかったはずだ。
だが、目の前の人物は、明らかに「執事」とはかけ離れていて。例えるなら…そう、あくまでも、例えるのならば。
(…マジシャン、かな?)
白いシルクハットに、白いマント。そして真っ白なスーツに青いシャツ、赤いタイ。片眼鏡の先には、四葉のクローバーが揺れている。
「あ、ええと、すみません。自分から、ですよね。私は、っていいます。青山学園の生徒で…ええと、ここは先生がいらっしゃる喫茶店だって聞いてたんですけど。あなたは、どちら様ですか?」
「まあ、よくできましたってところか。教育が行き届いてるな」
「……え?」
なんとなく、口調が変わった気がする。もっと身近で、よく知っている人物になったような……
「…………黒羽、先生?」
「はーい大正解!やっぱはすごいな、一発で見抜くとは」
「え、ええええええっ!!?」
にっ、と笑った瞳は、確かにいつも見慣れている黒羽快斗そのものだ。けれど、まとっている空気がまるで違っていて。…同一人物だと、思えないくらいだった。
「ま、今日のオレは“黒羽快斗”じゃなくて“怪盗キッド”としてオメーの相手をするからよろしくな?」
「怪盗…キッド……?」
唐突に。
その名で、思い出したことがあった。





「……ひっく、うっ、ひっく……」
立ち入り禁止となっているマンションの、屋上の片隅で。
まだ、5つか6つの子供が蹲って泣いていた。
「おかあさん…おとうさんっ……!」
入っちゃいけない、そう言われれば言われるほど入りたくなってしまうのが子供の性。入り込んで遊んだはいいが、見回りの警備員が中から施錠してしまい、降りられなくなってしまったのだ。
(…もう、おうちにかえれないのかな)
いくらこすってもとまることなく流れてくる涙の中に、ぼんやりと浮かび上がる大きな丸い月。
その月だけが、自分がここにいることを知っている。他の誰も、自分がここにいることを知らない。
「……うぅっ、」
おさえかけていたものが、また爆発しそうになる。
その瞬間、月の前を影が過ぎった。
「………………え、」
今の、大きな影は、なに?
「とり……さん……?」
でも、トリは昼間にしか飛ばない、って教えてもらったのに。
流れる涙をぬぐうことも忘れて、少女は、その影に視線が釘付けになった。どんどんこちらに迫って来ているように思えたのだ。
「………わあっ………!」
やがて、その大きな鳥が目の前に降り立った。
真っ白な翼を持つ、鳥。
「……小さなレディ。こんな時間にこんな場所で、何をしていらっしゃるのですか?」
その鳥は、明るくて大きな月をバックにして、そんな風に話しかけてきた。
「れでい?」
「ああ、貴女のことですよ。…お名前を、窺っても?」
「うん。私、っていうの。鳥のお兄ちゃんは?」
逆光で顔は見えない。けれど、声からして、まだ“お兄ちゃん”の枠を出ないことはわかった。
「私ですか?…私の名は、怪盗キッドと言います。ちょっとやらなければならないことがあって、ね。」
そう言うと、ポケットから何かキラキラ輝く綺麗なものを出して、月にかざした。…その後、小さく肩を落としていたことに、幼い少女は気付けなかったけれど。
「ところで、なぜこのような場所に?家へは帰らないのですか?」
「…かぎ、しめられちゃったから。おりられない」
再び現実を思い出し、涙がこぼれそうになる。
「…、だったか。、オレがオメーを送っていってやる。家の場所、わかるか?」
荒いけれども優しさが滲み出る、そんな口調で言って、キッドがをひょいと抱え上げた。
「わあ!」
「今から送ってってやる。…だから、もう泣くなよ?」
言って、つん、と頬をつつかれて。
くすぐったくて嬉しくて、は満面の笑みになった。
「…やっぱり、笑顔が一番似合うぜ?」
そう言って、キッドも笑ってくれたのが。…なんだかすごく、嬉しかった。





「……お嬢様?どうかなさいましたか?」
「あ、………………」
不意に現実に引き戻されて、呆けたような声を出してしまう。そのままキッドのほうへと視線を戻すと、まじまじと見つめた。
「…ねえ、キッドさん」
「キッド、でいいですよ。なんでしょう?」
「私、あなたに…会ったこと、ありますよね?」
瞬間。
蒼い瞳が、微かに揺らいだように感じた。
「…怪盗キッド、実在しましたよね。今から10年くらい…前に。」
「さて、生憎そのキッドと私と、関連性があるのかどうかは少々わかりかねますが…今目の前にいるのは私だというのに、貴女の心は過去の男のもとなのですか?少々妬けますね」
「や、ちがっ、そういう意味じゃ…!」
が慌てて言うと、その手をとって、キッドがそっと口付けた。
たちまち赤くなったに軽くウィンクをし、キッドがその手を両手で包み込んだ。

「…Happy Halloween !!」

その瞬間、両手から、紙吹雪や花吹雪、果ては鳩までが飛び出してきた。
「……わああっ!」
ぱっと笑顔になったに、キッドが笑みを浮かべて言う。
「お嬢様には、笑顔が一番似合いますよ。」
「……………!」
その、優しい笑顔が、シンクロ、した。
「……ね、キッド。」
「はい。」
「私、キッドのこと、」
言いかけたの唇を、キッドが人差し指で制す。
「今宵はハロウィン。真実の言葉を口にするのは、また後日……ということで、どうでしょう?」
「………っ!!」
赤くなって黙り込んでしまったの耳元で、キッドがそっと囁いた。

「…夜空の散歩にも、また行きましょうね?」