「お帰りなさいませお嬢様ー!!オレにするか俺にするかおれにするか!!」
「どれも一緒じゃないですかーーー!!!」
いつもと変わらぬ白衣で飛び出してきた快斗を交わし、が屈みこんで不満を唱える。
「なんだよー、今日のオレは執事だぞ!執事の言うこと聞けよ!」
「…そんな横柄な執事、いないと思いますけど……。」
それにそれじゃあ執事じゃなくて主人と従者の関係だ。冗談でも快斗のような主人に付き従いたいとは思わない。
「よし。じゃあ早速だが、Trick or Treat !!!」
さっと右手を出される。その顔が期待に満ち満ちているのがよくわかった。
「…黒羽先生、私がお菓子を持ってないと思っているんでしょう?」
「無論。持ってねーだろ?」
そう言った快斗の手のひらに、は自信たっぷりにビスケットを乗せた。
「…なっ!?」
「ふっふっふー、表で服部先生にもらったんですー。持ってったほうがいいから、って!大正解でしたね!」
服部は、が快斗に絡まれるといつも何らかの助け舟を出してくれる。今回もそうで、「中には入れへんけど…」と、入口でにお菓子を渡してくれていたのだ。
「はい却下ー」
「ちょおっ!!?」
あっさりビスケットを弾き落とされ、慌ててがキャッチする。
「なにするんですか!」
「これは服部が用意したお菓子なんだろー?だったら却下だ。オメーが用意したんじゃなきゃ意味がねーからな」
「お菓子をもらうのがハロウィンのイベントじゃないですか!誰が用意したかは大きな問題じゃないでしょう!?」
「オレにとっちゃーそっちのほうが大事なんだよ!」
どう考えても、執事とお嬢様の関係はとうの昔に捨てられている。
更に何事かを言い募ろうとしたに、快斗が不貞腐れたように言った。
「オメーはそんなにオレに悪戯されたくないのか?」
「当然じゃないですか」
きょとん、と当たり前のように返され、そこで快斗がぶち切れた。
「だーーーー!!やってられっかーー!!」
「きゃあああああ!?」
を横抱きにすると、快斗がそのままひょいとテーブルを越えてソファーへと突っ込んだ。
「……っつ!」
「そうだよな、悪戯したいんだったら、最初から二択なんてすっ飛ばしたって良かったんだよな」
ソファーの上にを押し倒し、にっと笑って快斗が言う。
「あの、今の体勢とかこれって執事としてどうなのとかそれ以前に教師でしたよねとかツッコミたいところはどっさりあるんですが、大前提としてハロウィンってそういうイベントじゃないと思います」
「じゃあ、どういうイベントだよ」
「お菓子をもらったり配ったりするイベントですよ!」
言って、がもぞもぞと快斗の下でもがく。
「ちっちっち、それくらいでオレから逃れられるとー…」
「服部先生直伝!!おすし屋さんの手ぬぐいー!!」
ばっ、と目の前に広げられたのは、大量の魚の写真がプリントされた手ぬぐいだった。
「うっ……うわあああああああああああああああ!!??」
がば、っと飛び上がるや否や、快斗は部屋の一番隅っこまで走って逃げていった。
「ひ、卑怯だろ!正攻法で来い!もっと可愛くもがけ!」
「生徒を組み敷くような先生に卑怯云々言われる筋合いはありません!」
手ぬぐいを折りたたむと、服のしわを伸ばしてがソファーから立ち上がった。
「…むう……」
ようやくショックから立ち直った快斗が、床に落としていた眼鏡を回収して再びかけなおす。
「やっぱ、ハロウィンにかこつけてーとかは無理か……」
「かこつける気満々だったんですね」
すたすたと快斗の元までいくと、さっと快斗の眼鏡を外す。
「おい…」
「こんなモノ、かけてるから視界が曇るんですよ?」
取り上げた伊達眼鏡を自分にかけてみせ、微笑を浮かべて言う。
「……、」
「そうですねー、黒羽先生のご要望には応えられませんが、悪戯っ子にあげるお菓子だったら、今度用意して持ってきてあげます。あんまり料理は得意じゃないんですけど、アップルケーキくらいなら焼けますから」
それでいいですよね。
にっこり笑って言われ、快斗も肩の力を抜いて苦笑した。
「……オッケー。譲歩してやるよ」
そしてそのまま、がしっとの肩を掴んで言う。
「ところでオメー、眼鏡似合うな。それやるから、今度から毎日かけてきてくれ。」
「却下します。」