「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「………ただいま、戻らせていただきました…?」
にっこり微笑み言われ、はどう返せばいいのかわからぬまま意味不明な返答をしてしまった。
「先にお風呂に入られますか?お食事の準備も整っております。それとも…」
「食事でお願いしますー!!!!」
「…かしこまりました。それではこちらへどうぞ」
最後まで聞いてみたかった気もするが、聞いたら最後のような気もする。
そんなことを考えながら、は大人しく新一の後をついていった。





「……食事?」
「まあ、生きていく上で不可欠という意味では同じかと」
テーブルの上にズラリ並べられているのは、本、本、本の山だ。
無論新一の趣味が存分に発揮されているので、推理小説にミステリー小説、そういった類のものしかない。見事なまでに。
「あのー、工藤先生…?」
「〜〜〜わーかってるよ!あーもう無理。大体執事とかオレのガラじゃないだろ、執事がつく側だろ」
「はあ……」
思っていたとしても、それを口に出したらこの店は成り立たないのではないだろうか。
そんなことを考えながら、とりあえず手近にあった本を手にとってみる。
「…えっと、これは」
「あ!それはなー…うんうんさすがは、お目が高い!」
「そ、そうですか…?」
子供のようにはしゃぐ新一に、“クールビューティー系”の後ろにはてなマークがつく。もっとも、こうしてはしゃぐ姿でもからしてみれば十分なのだが。
「……って、悪い。脱線したな。ええと、執事喫茶で、ハロウィンでー…」
15分ほど熱く語ってから、ようやく脱線したことに気が付いたらしい。今日の目的を自分の中で反芻し、整理しなおしているようだ。
「…お嬢様。お庭の散歩など、いかがでしょう?」
路線を戻したらしい新一が、執事に戻ってにこりと微笑んで言う。
「え、庭…ですか…?」
校庭にそんなところあったかな、とが首をかしげると、その問がくるのをわかっていたように、新一があっさり答えた。
「今日のために、庭師が特別に用意したものです」
(庭師……)
どこからそんなツテを探すんだろう、などと考えていると、先に立った新一が手を差し伸べてきた。
「参りましょう、お嬢様?」
「え……」
伸ばされた手を、握っても…いい、のだろうか?
躊躇っていると、新一がそのまま手を伸ばし、をぐいと引っ張り上げた。
「きゃ、」
バランスを崩しかけたを簡単に抱きとめると、微笑んで言う。
「お怪我は?」
「あ……あ、りませ…ん……」
「それは良かった。では、そろそろ参りましょうか」
握った手はそのままに、新一は、を先導して歩き出した。





「…これを、今日のために……?」
「はい」
自分が払っている学費は正しく使われているのだろうか。
そんないらない心配をしたくなるほど立派なバラ園を前に、は頬が引き攣るのを感じた。立派過ぎる。なんなんだこれは、とバラに問い詰めたくなるほどに。
「…あの、先生?」
いつまでこの手をつないでいれば良いのだろう。いい加減頭がくらくらしてきたのだが、そう呼びかけると、新一が涼しい顔で答えた。
「おや、お嬢様。頬がバラ色に染まっていますね。…このバラ園のどのバラよりも魅力的になって、私をどうするおつもりですか?」
「どっ……どうもしませんんんんん!!!」
「では、参りましょうか」
そう微笑んで言うと、が手を解く機会を逸したまま、新一はバラ園へと足を踏み入れていった。
「…すごい、綺麗……!」
右も左も、そしてアーチになったところでは上にも、色とりどりの美しいバラが咲き乱れている。
はしばし自分の置かれている状況も忘れ、バラの美しさを楽しんだ。
「このバラ園は、迷路にもなっているのですよ」
「へえ……」
成程、言われて見れば確かにそうだ。道が分かれていたり、行き止まりになっていたり。それでも、このバラたちを楽しめるのなら迷うのも悪くはないかもしれない、とすら思える。
「…このまま迷子になってしまいましょうか?」
そんなの心情を読んだかのようなタイミングに、思わずつんのめってしまった。
「わっ!」
「お嬢様、お足元にお気をつけくださいませ。」
やんわりと抱きとめられ、慌てて離れようとすると、何故か新一はそのまま手を緩めようとしなかった。
「あ、あの…工藤先生……?」
「んー…やっぱりなー…なんかこのままハイサヨナラーってのは味気ないよなー。ほんと夜までここにいたいなー。」
「せ、せんっ…」
「…冗談ですよ。お嬢様を帰さないと、執事失格ですからね。」
そう言いながら、そっと手を離す。
それでも変わらず手だけはつないだままで歩いていると、やがて迷路の出口が見えた。
「…お嬢様」
「え、あ、はい!」
握ったままの手の甲に、そっと口付けをして。
「…次は、執事とお嬢様という関係ではなく、お会いしていただけますか?」
そう言って、ウィンク一つ。
もう何にドキドキすればいいのかもわからないまま真っ赤になっていると、新一が空いた手で空を指差した。
「…今、ホームズ彗星ってのが見えるんだ。一緒に見ようぜ?」
にっと笑って言われてみれば、結局新一は新一で。
「……はい、喜んで!」
はにかみながらも、満面の笑みでも答えたのだった。