夏祭りの夜、君と、





どんっ、どんっ!

ヒュルルル……どんっ!

「…中尉ぃ」
「なんですか?大佐」
冷徹に返された言葉に、力なくうなだれる。きっと彼女の目には、夜空に咲く大輪の花が映っているのだろう。…自分の背後の窓から見える、花火が。
「ちょっと、振り向くだけだけだから」
「受理しかねます。振り向いたら手が止まるとわかっておりますので」
「…うぅ〜」
人々のざわめきまで聞こえてきそうな、夏祭りの夜。ハボック以下の部下たちは、夏祭りに合わせて仕事を終わらせ、既に羽根を伸ばしに行っていた。間に合わなかったのも自業自得といえばそうなのだが、名物といわれる花火大会。やはりこの目で見ておきたい。
(…でも、中尉だって本当は見に行きたいだろうな)
自分に付き合って、執務室に残っているのだ。表へ出て、間近で見たいだろうに。
「なぁ中尉」
「だめですよ」
「…まだ何も言ってないのに」
ぶーたれながら顔を上げる。視線がかち合うかと思いきや、ホークアイは自分に背を向けて書類のチェックをしていた。
「中尉…君の位置からなら、花火見えるだろう?なんでわざわざ後ろを向いているんだ」
てっきり、見ているものだとばかり思っていたのに。
「…上官がすぐ側で仕事をしているのに、一人そのように楽しむことなど出来ません。どうぞお気になさらず」
淡々と語られた言葉は、簡潔が故にすんなりとロイの頭に入ってきた。…そして理解した瞬間、なんとも言えない…そう、それこそ簡潔に述べるならば、「喜色満面」の顔になったのである。
「君って本当に可愛いなあ」
「…寝言は寝て言って下さい。あと15枚ですよ。なんとかならない量じゃないんですから、さっさと仕上げてくださいませんか?」
いつものことながら冷徹に返ってきた言葉にへなへなと机に突っ伏し、ぶつぶつと呟いた。
「寝言っていくらなんでもひどいじゃないか…。…ん?なんとかならない量じゃない…って…」
ホークアイの言葉に引っ掛かりを覚え、顔を上げる。“なんとかならない量じゃない”…何に、対してだ?
「花火大会は9時半までですよ。一番綺麗なのも最後です」
くるりと振り返ると、ホークアイが苦笑しながら言う。視線で示した時計の針は、9時10分を示していた。
「…………っ!!わかった!!」
ようやく言わんとしていることを理解し、ロイは右に積んであった書類をひったくってページを繰り始めた。踏ん張ればまだ間に合う、ホークアイはそう言ってくれたのだ。
(よし……このペースなら……!!)

コン コン

「今開けます。少々お待ちください」
突然響いたノックの音に、ロイは一抹の不安を覚えた。…そんな、まさか。
ホークアイが扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは書類の山だった。…運んでいる人物を隠すほど、の。
「マスタング大佐!!本日中にお願いします!!」
「…………。」
わかっている。これを運んできた彼に、罪は無い。…罪は無い、が。
(消し炭にしてやりたいと思ってしまうのは仕方が無いと言うものだろう…!?)
机の下で拳を握り締めると、ロイは奥歯をカタカタ言わせながら「置いていきたまえ」と応えたのだった。





「…12時、回っちゃいましたね。お疲れ様でした」
「いや…君のほうこそ、チェック大変だっただろう。すまないね」
ホークアイが運んできたコーヒーに口をつけつつ、ロイが溜め息と共に呟いた。突然の襲撃は思っていた以上のもので、今の今まで、それこそ呼吸も忘れるほどの勢いで取っ組み合っていたのだ。
(結局…見られなかったな、花火)
見られなかった悔しさよりも、ホークアイの気遣いを無にしてしまったことや、…心の底にあった「一緒に見たい」などという野望を果たせなかったことの方がショックは大きかった。
「大佐…少し、お時間ありますか?」
ぐったりとしていたロイのところへ、ホークアイがなにやらガサガサと音を立てながらやってきた。
「? ああ。もう仕事はないし、今日は帰らずに仮眠室へ行こうと思っているだけだ。時間ならあるが…」
すると、ホークアイの顔が…一瞬、ほころんだ。無論、それを見逃すロイではない。飛び起きると、椅子から立ち上がってホークアイの元まで足を運んだ。
「なんだ、どうした?」
「ええ…実は、先日商店街で買い物をしたら、おまけにもらったんです。少なくて、みんなの分はないし…かといって捨てるのは忍びないし。よろしければ、少々お付き合い願えますか?」
そういって彼女が差し出したのは、家庭用の花火セット。なるほど、無料で配るだけあって本数も少ない。
「……無論だ!」
「では、裏庭でお待ちしていますので。片付いたらいらして下さい」
そう言って出て行こうとするホークアイに、慌てて声をかける。
「だめだ、いくら軍敷地内でもこんな時間に一人で出歩くなんて危ない!」
「しかし…」
ホークアイがそんじょそこらの男達よりよっぽど強いことはわかっている。体術に至っては自分以上だと言うことも。…それでもやはり、心配なものは心配なのだ。
「すぐ片付けるから待っていろ!」
机の上の資料を束ね、不要なものをゴミ箱へ突っ込み、こぼれたインクをふき取る。その間も、ゆるむ口元をどうすることも出来なかった。
(これは…この夏最高の思い出じゃないか…!!)
自分にとっては、夜空の大きな花火よりもよっぽど価値がある。大衆の中で見上げるのもいいだろうが、静かに小さな輝きを見下ろすのもまた良い。ふと思いついて発火布を手にしてから、ロイは引き出しを閉めた。火をつけるのに役立つだろう。…はしゃぎすぎて、火力を間違えないようにしなければ。
「さぁ、行くか!」
「はい」


…この日の夜中、軍の裏庭でちょっとしたボヤ騒ぎがあったという。




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