新学期が始まった。
今日はとりあえず始業式があって、新しいにおいのする教科書をもらって、配られた予定表に目を通したりして。
午前中で終了し、さて帰ろうかとが校門を出た瞬間だった。
!!乗れっ!」
「は」
キキィ、なんてうるさい音をたてて、車が止まって。
誘拐よろしく、は車内に引きずり込まれた。





 花  祭  り







「黒羽先生っ、なんなんですか!」
「ん〜?なんだろうな」
自分を引きずり込んだ張本人……保健医の快斗を睨み付けながら言ったの言葉にも、全く動じない。それどころか、どこか楽しそうですらある。
「ちょっとオメーを連れていきたいところがあるんだよ。…今日が何の日か知ってるか?」
ハンドルを操りながら、ちらりと視線を投げてくる。…横顔の目線は、眼鏡を通さないから何となくドキリとしたりして。
「……4月8日、ですよね?」
「オゥ」
慌てて目線を前へ向けてから、が呟く。そんなを見て、快斗は楽しそうに目を細めた。
「…わかりません」
ギブアップをしたに向かって、快斗が「ヒント」と言って言葉を続けた。
「花祭り、って聞いたことねーか?」
「はな…まつり…?」
それなら聞いたことがある。確か…
「お釈迦様の誕生日を祝う行事、ですよね!」
「さっすが、委員長」
の言葉に、快斗がニッと口角をつり上げる。
「それが今日、ってわけだ。オレ一押しの甘茶を出す寺に連れてってやる」
「甘茶……?」
聞きなれない名前に、首を傾げる。
「ああ。…ちゃんと説明してやる。まず“花御堂”つって、お堂を花でいっぱいに飾るんだ。その中央に釈迦の立像を置いて、参拝者が甘茶を注ぐ、っていう行事だ。花御堂は、釈迦が生まれたルンピニ園の花園を表してるんだよ。で、釈迦が生まれたときに九頭の龍が天から甘い雫を降らし、産湯をつかわせた…って伝説が甘茶をかける由来だ」
快斗の説明を聞き、ぽかんとしていたがゆっくりと息を吐く。
「…相変わらず、変なところで博識ですねえ…」
「変な、は余計な。」
「いたっ!ハンドルちゃんと握っててください!」
「ヘイヘイ」
の言葉に従い、両手でハンドルを握りなおすと、快斗は僅かにアクセルを緩めた。
「ま、行ってみりゃわかるってな。……もうすぐだ」





「……あまい。」
「だろ?」
参拝を済ませ、お釈迦様へ甘茶をかけて。
振る舞われた甘茶を口に含み、が呟いた。
「お茶なのに甘いって、なんだか不思議な感じがします。美味しい…」
「そうだろ?…なあ、甜茶って知ってるか?」
両手で甘茶を抱えたまま、黙って首を振る。
「種類は全然違うが、あれも甘い。今は花粉症にきく、とかで結構出回ってたかな」
「へーほーふーん。ま、別にどうでもいい豆知識だな」
後ろから聞こえた声に、が飛び上がる。
「きゃあ!?」
「おっと、……セーフ。せっかくの甘茶が台無しだぜ?」
こぼしかけた甘茶をキャッチし、にっと笑って言ったのは新一だった。
「く、工藤先生!?どうし「何しに来やがったんだよっ!!」」
が皆まで言う前に、快斗が上から言葉をかぶせる。
「お釈迦様にハッピーバースデー言いに。」
「笑顔でさらっと嘘つくんじゃねーよ」
にらみ合う両者に立ち尽くしていると、後ろからこそりと白馬が声をかけてきた。
さん、驚かせてごめん」
「…白馬先生、」
「黒羽くんが、君を連れ去る現場を目撃してね。放っておけないだろう?」
「はあ…ありがとうございます……」
このメンツなら…と周りを見回せば、向こうで早速甘茶を手にしている平次を見つけた。…やっぱり、か。
「あの…学校、大丈夫なんでしょうか」
生徒が帰った校舎で、先生たちがみんな揃ってかくれんぼ大会を開催しているとは思えない。消えた4人を探せと騒ぎになってはいないのだろうか。
「その辺はぬかりないから大丈夫だよ。…僕は、ね?」
言って、軽くウィンクひとつ。
…他3名は大丈夫じゃない、と暗に言っているが、現に今こうしてここにいるのだ。今更どうしようもないだろう。
「おーい白馬、この甘茶めっちゃ美味いで!」
「…それじゃ、僕も頂きに行こうかな」
「おいこら工藤、逃げんじゃねえっ!」
「逃げる?バーロ、甘茶もらいに行くだけだっつーの」
(……なんだか、なあ。)
どうにもこうにも破天荒だ、と思う。
胸中で呟いて、甘茶をもうひとくち。ほんのり口に広がる、甘さ。
「………幸せー。」
どうせすぐに、あの喧騒に巻き込まれるのだろう。面倒だな、とは思ったけれど。
「まあ…楽しいから、いっか。」

!」

タイミングを見計らったかのように掛けられた声に。
「はーい!」
満面の笑みで返し、は彼らに向かって駆け出した。



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