「む」 執務室の扉を開けると、ロイは小さく声をもらした。 春、 ひとひら いつもと変わらない執務室、だがその中にひとつだけある、いつもと違うもの。 「おはようございます、大佐」 「……中尉」 後ろから聞こえた声に振り返れば、これまたいつもと変わらない有能な部下の姿があった。 「どうかなさいましたか?」 ホークアイの言葉に、ロイが「あれ」と言いながら自身の机上を指差す。 「あの桜の枝は、どうしたんだい?」 ……そう。 ロイの机の上には、桜の枝が一房、大きめの花瓶に生けてあった。だが、桜の花を枝ごと生けるというのはそうそうあることではない。 「……ああ、」 ロイの後ろから執務室を覗き込み、ホークアイが納得したように声を上げた。 「昨日、軍部内で花見が行われたのはご存知だと思いますが」 「私は君に缶詰にされて参加できなかったがね」 「その際に、少々飲みすぎた者がいまして」 ロイの言葉はさらりと流し、言葉を続ける。 「酔った勢いで桜の樹に登り、そのまま落下。その折に犠牲になった桜の枝を捨て置くのもどうかと思いまして、こちらにお持ちしました」 「成程……」 ブレダが欠勤だったことを何となく思い出しながら、ロイはふむ、と小さく頷いた。 「粋な計らいだ、中尉」 「それは良かったです」 「ちなみに酒は」 「怒りますよ」 間髪入れずのホークアイの言葉に、「ごめんなさい」と即座に謝る。……これが上司と部下のやり取りだろうか、などと疑問に思うが、今に始まったことでもないので気にしないことにする。 (桜、か…) 椅子に腰掛けながら、淡いピンク色のその花を見やる。思えば見上げるばかりで、こんな風に近くで見ることはあまりないのではないだろうか。 「大佐、早速ですが」 「ああ」 和んでばかりもいられない。ホークアイの言葉に、ロイがペンを手に取る。 「こちらの書類を……」 「どれ……」 …はらり。 書類の上に、花びらが一枚。 「……………」 「……………」 ふたり、顔を見合わせて。 「………ふ」 「ははっ、」 春、ひとひら。 こぼれる笑いも、あたたかく――― ---------------------------------------------------------------- BACK |