その夜、夢を見た。 ……子様、神子様!! お願いです、どうか目をお覚ましくださいませ。 あなたの力が、必要なのです。 …うん、だからね、今、探してるんだよ。 友雅殿が、お側にいらっしゃるでしょう? 最初に友雅殿を見つけられたのは、貴女です。 貴女こそ、選ばれた神子様なのです。 アナタ?…アナタ、って、誰のこと? …っ、もう、鬼の邪魔が…! お願いします、神子様。 私たちに、京に、力をお貸しください…! …待って、あなたは誰? どうして、私に呼びかけるの? ねえ、一体何がどうなっているの… …藤と、申します……… 「……不二……?テニスとか、やってる…?」 ぼそぼそと呟いて、寝返りを打つ。伸ばした右手の先に人肌を感じ、カッと目を見開いた。 「ごっ…!………?」 ごめんなさい友雅さん、と声をあげかけて、そのまま言葉を飲み込む。おそるおそる枕元の目覚ましに目をやれば、時刻は6時半。起床にはまだ早いが、日の出前には遅い。反対の手で出窓のカーテンをそっとめくると、東の空は既に白んでいた。 「……!!」 そう。 今までなら、この時刻には既に、友雅は小さくなっていたはずなのだ。だというのに、今右手で触れた友雅は、はっきりと人肌を感じるほどで…要するに、寝る前と同じ、標準サイズだったのである。 「あ、わ、っ……!」 友雅は、より先に眠ることはない。そしてより遅く目覚めることもない。…寝顔を見るのは、これが初めてのことだ。更に大きいままなので、その衝撃も大きかった。 (…綺麗、な顔だなぁ) 普段、顔をまじまじと見ることなどない。まあ他人の顔を凝視することなどそうそうないが、友雅は特に、この顔だ。会話をするのでさえ目を見るのも相当気合が必要なのである。 (唇…柔らかそう。うわ、肌きれい…!化粧水とか使って…ない、よねえ。髪も…) そっと髪を梳いてみる。ひっかかることもなく、やわらかな髪は簡単にの指を受け入れた。ふわん、とした感触に、あ、猫っ毛なのかな…などと思っていると、友雅が小さく身じろいだ。 「!」 がばっと身を起こすと、ベッドのスプリングが軋み、その衝撃が伝わったのだろう。友雅が、うっすらと目を開く。 「……どうしたんだい?愛らしい小鳥が歌うには、まだ少し早いのではないかな?」 「あ、いや…あはは!す、すみませ…」 どうやら、今の一連の動きは悟られていないらしい。乾いた笑いで応えて誤魔化す。 「…どうか、したのかな?」 そう言ってそっとに手を伸ばし、そこでおや、と小さく呟いて動きを止めた。 「これ、は………」 「そうなんです。友雅さん、大きいまんま…なんです……」 がそう呟くのと同時に、扉のすぐ向こうで「?起きてるの?」と、母親の声が聞こえた。 「!!」 「…っ、殿!」 友雅の声に慌てて掛け布団を手にするも、間に合わない。扉が開くのが、スローモーションで流れていく。 (終わった……) 驚愕に見開かれた母の顔を見るまいと、ぎゅっと目を瞑る。 「…あんた、何してんの?」 「……これには、その、深いわけ、が………」 どこから説明すればいいのだろう…と逡巡していると、呆れたような声が追って聞こえた。 「起きてるならさっさと支度しなさいよ。遅刻しないようにね」 「……へ?」 ここに至って、ようやく目を開ける。…すると、今の今までいたはずの友雅が、いない。 「わかった?」 「あ、うん………」 母親を見送ってから、おそるおそる「友雅さん?」と声を掛けてみる。 「ここだよ、殿」 「え?」 膝の辺りから聞こえた声に、視線を落とす。するとそこには、見慣れた小さな友雅の姿があった。 「危なかったね」 「……っはーーーー!良かった……!」 ベッドに突っ伏したの頭を撫でながら、友雅が呟く。 「よしよし。……だが殿、これはもしや……」 「え…?」 「藤姫の力が、強くなっているのではないかな」 「ふ…じ……?」 何だろう。 今まで何度も聞いたことのある名なのに、今だけ特別な響きを持って聞こえる。 「ああ。だから、こうして私が通常の大きさを保っていられる時間も長くなっているのではないかな。もしかしたら、藤姫と言葉を交わすことも…」 「! そうか、あれ、あれが藤姫だったんだ!」 「あれ……?まさか殿、藤姫と会話ができたのかい?」 「確証はないですけど…夢の中で、声を聞きました。可愛い、女の子の声……」 の話を聞いて、友雅が難しい顔をして腕を組んだ。 「…それが藤姫で、間違いないだろうね。だが………」 「だが?」 「いや………」 (何故、私ではなく…殿のほうにその声が届いたか、だ) 藤姫なら、まずは自分と連絡をとりたいはず。この世界にいて、藤姫と最も強い繋がりを持っているのも自分のはずだ。それならば、何故のもとに藤姫の声が届いたのか。 (答えは、二つに一つ…) が、神子本人か、八葉なのだ。 「…時に、殿。藤姫は、なんと?」 「ん〜…それが……」 声は聞いた。“藤”と名乗ったのも覚えている。……だが。 「肝心の内容が…ちょっと……曖昧で…ただ、友雅さんの名前は出ていたと思うんですけど、それくらいしか……」 「…ふふ。他の何を差し置いても私の名だけは覚えていてくれたのかい?嬉しいね」 「な!」 ぼっ、と頬が紅潮する。…朝の出来事が、頭を掠めていった。 (そ、そんなんじゃ…ない、よね…?) 眠っている友雅に、「触れたい」と思ってしまった自分は。 「……あ〜もうっ!今はそんなこと考えてる場合じゃないし!友雅さん、とりあえず今日も学校ですから!着替えるんで向こう向いててください!」 ひょいっと友雅を抱き上げて反転させると、そのまま確認もせずバサバサと服を着替える音がし始めた。…衣擦れ、などという雅なものではない。 (参ったね……) ほんの冗談のつもりだったのだが、の過剰反応が友雅の中の何かをかき乱した。 喜怒哀楽を素直に表に出し、自分に関係があるのかどうかわからないことに対しても積極的に協力し、屈託なく笑う。友雅に振り回されているようでいて、自分の意思は曲げないし、考えも持っている。…芯が、強い。 そんなに対し、自分が何かを感じている自覚はあった。…あった、が。 (ほんの一時のものだろう) こんな小さな娘に、自分が心を動かされるなど。 「はい、完了!友雅さん、行きましょう!」 そう笑って、手を差し出されて。 微笑んでその手のひらに乗りながら、何故だろう。ほんの一瞬、思った。 早く、元の大きさに戻りたいと。 ---------------------------------------------------------------- BACK |