(…なん、だろう。)
なんだか、ひどく胸がざわざわする。
これと似たような感じといえば、全く勉強していない科目の試験前だとか、足りるか足りないかギリギリラインの財布の中身でレジに並んでいるときだとか、そんな時に似ている気もするけれど。
(違う。そんなレベルじゃない)
今まで感じたことがない。ざわざわとした、この嫌な胸騒ぎは―――…
「……殿?どうかしたかい?」
「え?あー……えと、」
筆箱の上に座っていた友雅が、心配そうに声をかけてくる。どうやら自分は、シャープペンをもったままで怖い顔をして固まっていたらしい。
「な、なんでもないです。なんか昼に食べたヨーグルト、ちょっと腐ってたみたいで。あはははは」
「……そうかい?それなら、構わないのだけれど」
「はい、大丈――


ド   
       ク


   ン  。


(  神 ……   子 … ……  )

―――――――……っ!!!!?」
ざわり、と。
自分の中に、自分以外の何かが入ってくるような、脳に直接響くような、何かを感じた。それと同時に、急速に意識が遠のいていく。
(だ……め………!)
本能が訴えかけてくる。

今、意識を、失ったら、だめ、だ。

殿!!!!」
ぐいっ、と。
強く腕を引かれ、はっと意識を引き戻す。
「あ――…、あ、れ?私、今、何してましたっけ…?」
「…椅子から、落ちそうになっていたよ。瞳も虚ろで、何も映してはいなかった…」
「そう…ですか……」
今、確かに感じた。自分以外の何者かが、自分の奥深くに干渉しようとしていたのを。ただ、それを…なんと言えばいいのかわからないし、そもそも自分が何故そんな目にあったのかもわからない。
(そういえば…一瞬、男の人の声が聞こえた気がするなあ…)
ぼんやりとそんなことを思い出しながら、友雅に支えられて体勢を立て直し、そこでようやくはたと気づいた。
「……って、あれ?なんで友雅さん、大きいんですか?」
今は、日曜の昼下がり。バイトも入れておらず、滅多にない丸一日の休息を満喫しつつ宿題をしている最中だったのだ。
…早い話、日が沈むなどありえない時間である。
「さてね、私にもさっぱりわからないのだよ。だが……」
「…だが?」
きょとん、と不思議そうに下から見つめられ、友雅はふっと笑みをこぼしての頭を撫でた。
「いや、なんでもない。とにかく、あま」

ぽんっ。

「………え。」
ほんの一瞬前まで目の前にいた友雅が、不意にかき消えて。
次の瞬間には、見慣れた小さな姿の友雅が中空にいた。
「うわわわわわわっ!!」
慌ててそれをキャッチし、ほっと一息つく。
「友雅さん!!縮むなら縮むで一声かけてください!!」
「…先ほどの私の態度から、自分の意思で縮んだと考えられるかい…?むしろそれは私の台詞だよ……」
の手のひらの上で、友雅が疲れたように言う。たまには真面目に考えてみようかとした矢先にこれだ。
「今は詳しく言えない…が、殿。どうやら君も、無関係ではないようだよ。すまないが、もうしばらく付き合ってもらうことになりそうだ」
数瞬前のの態度、あれは尋常ではなかった。まるで他の誰かがの意思を奪ったような、…そんな感じがして、柄にも無く、心が波立った。
そしてが倒れる様子が、妙にゆっくりと視界に映り、…咄嗟に、手を伸ばしたのだ。届かないと承知のうえだったかと問われれば、そんなことを考えている余裕すらなかった。ただ、…伸ばしたら、その手が届いたのだ。
「なーに言ってるんですか!そんなの今更でしょう?ちゃんと神子様を見つけて、友雅さんが京に帰るのを見届けるところまでやりますよ」
にこり、と。
邪気の無い笑みで言われ、一瞬呆気にとられてしまった。
「…君は、それでいいのかい?君には何の利益もないのに。むしろ、」
つん、と。
友雅の唇に指をあて、が微笑んで言う。
「別に、利益で動いてるわけじゃないです。私が友雅さんの役に立ちたいって、そう思ってるから協力してるだけです。だから…」
そこで一旦言葉を切り、一呼吸置いて続ける。
「もし、それで何らかの被害が及んだとしても、自分で始末をつけます。それは友雅さんのせいじゃない。」
「……殿。」
の人差し指をそっと握り、友雅が小さく呟く。
「きっとさっきのも、なんかそんなだと思うんです。多分、その鬼の人が、神子様を見つけてほしくなくて邪魔した、とか……」
―――!鬼の…声を、聞いたのかい?」
「あ、はい…多分。なんだか随分遠くで声が聞こえて、何て言ってたかはちょっとわからないんですけど…」
「そう、か……」
事態は、思っていたよりもかなり深刻なのかもしれない。
が鬼の声を聞いたというのは、友雅と共にいるためなのか、それとも……
(どちらにせよ)
それは、鬼の声がこちらに届くほどに、彼らの力が増しているということに他ならない。
京そのものよりも、あの小さな姫が心労で倒れてしまうのではないかとそちらのほうが気にかかる。
殿、どうやらあまり余裕が無いようだ。天真の他にも協力者を作ることはできないかい?」
「え?」
「一刻も早く龍神の神子を見つけ、京に戻らなければならないようだ。」
具体的な策は見つからない。
この世界で手に入れられる情報なのかもわからない。
それでも、協力者は、この世界の人間しかいないのだ。
「協力者……」
自分のみならず、天真とも面識があり、こういった話をしても信じて、協力してくれそうな人物。

「…心当たり、あります。今から行ってみましょう、友雅さん!」



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