「天真くん、詩紋くん!良かった、来てくれたんだね」
先に着いていた二人の元に、が駆け寄る。
「約束したのに、来ないわけねーだろ」
「走らなくても大丈夫だよ、ちゃん」
「…いっそ走って、その鞄の中身ひっくり返しちまえばいいのにな」
「天真くん!」
顔を合わせるより早く憎まれ口を叩く天真に、が声を上げる。
「…冗談だよ」
「ふふっ、さしずめ私と天真は敵同士…といったところかな?」
鞄からひょいと顔を出した友雅に、天真がかっとなって言う。
「てめえっ、それってどういう…!」
「もーっ!友雅さんも変なこと言って天真くんを煽らないで下さい!なんですか、カタキって!仲間でしょ!」
「すまないね」
これ以上天真を激昂させては、今の自分では不利な状況に追い込まれるだけだ。鞄の中に引っ込みながら、それなら最初から煽らなければよいのだけれどね、と苦笑する。
「……よしっ、行こう!」





「…不気味……」
の呟きすら吸い込みそうなほど、泉の周りは暗かった。泉そのものもどこか澱んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
「妙だね……」
「え?」
「泉の水は、こんなに濁ってはいなかったはずだ。……いや、濁っている…わけではない…か…?」
に抱かれたまま、友雅が思案する。それを面白くなさそうに見つめながら、天真が「くそっ」と声を荒げ手近にあった木を殴りつけた。

ブワッ。

「!?」
瞬間的に明るくなったそれに、天真が驚いて見上げる。
「…っおい、この木、いきなり花が咲いたぞ!?」
「え?」
明るくなったのではない。…唐突に満開になったため、そう見えたのだ。
「嘘…桜?そんな季節じゃないのに……」
「…この辺りの時が歪められているんだ。殿、天真と詩紋から離れるな」
「は…はいっ!」
、詩紋!泉から離れろ!!」
…今の自分では、力になるどころか足手まとい以下でしかない。
それを口惜しく思いつつ、友雅は泉から目を離さずにいた。…わかったのだ。“来る”と。

ゴアアァァァアァアァァァアアッ!!!

「……………っ!?」
唐突に現れた水柱に、絶句する。…そう、それは。
「友雅さんが…来たときと同じ…!!」
水柱は周囲に水を撒き散らし、視界をも奪っていく。
それに釘付けになっているに、友雅が声を上げた。
殿!天真たちから離れるな!!」

『 神 子 … …』

ドクン。

この、声は。
「私を…呼んで、る……」
の瞳から、色が消える。
それは、の意識が何ものかに奪われたことを示していた。
「…っ!」
どさ、と地面に投げ出される。痛みを感じている余裕は無い。ざっと周囲を見回すと、天真と詩紋がいると思しき場所へと向かって声を上げた。
「天真!詩紋!殿はここだ!!」
「……っ、友雅!?おい、どうし…」
「私のことはいい。早く行け!」
地面に投げ出されている友雅に声をかけながらその視線の先を見て、天真は目を見開いた。
「…!?そっちは泉だ!!」
「意識を乗っ取られているのだろう…恐らくは、鬼に。力ずくで止めるほかない」
「くそっ!!」
今から走っていっても、間に合うかどうか。
(力がほしい……!)
失いたくない、を行かせたくない。
…ポォ、と。
左腕に、あたたかさが宿った。それを感じると同時に、言葉が浮かぶ。…まるで、最初から知っているかのように。
「……うなれ天空!召雷撃!!」

ゴァアアァアッ!!

水面に雷が落ち、その瞬間、はっとしたようにの足取りが止まった。
「…え、あれ?私……」
!!」
一気に駆け寄り、の手を引いて走る。泉から離れたところで、天真は詩紋へと走り寄った。
「詩紋!」
「て、天真先輩?今のって一体…」
「いや、正直俺もよくわからん。わからんが、とりあえず今は便利そうだからこの力を使う。…お前はを守ってろ!」
(この泉に何かいやがる…!)
そいつをなんとかしなければ、はまた意識を奪われてしまうかもしれない。
「おいこら、コソコソしねーで出てきやがれ!!」
『……八葉か。既に得ているとは、さすがは我が神子……』
低い声が響き、水柱の中心が割れる。
『邪魔立てするな。容赦はせぬぞ』
詩紋の腕につかまりながら、が震える声で囁く。
「…この、声。前も、聞いた……」
殿!」
「友雅さん!大丈夫ですか?」
走り寄ってきた友雅を抱き上げる。
「私は大事ないよ。…それより、以前も聞いた、というのは…」
「私が倒れそうになったときです」
(やはりか…)
あれは、鬼だ。……だが、鬼がを連れ去ろうとしたということは。
「あの…友雅さん……何でだか、あの人、私のことを神子って呼ぶんです」
申し訳なさそうに言われ、友雅がそっと息をつく。
「…すまないね。君を巻き込みたくは無い、という意思が邪魔をして、真実を覆ってしまっていたようだ。…もっと、早く気付かなければいけなかったね」
「え……?」
!!危ねえっ!!」
水柱が、に向かって一直線に襲い掛かってくる。
…厚くたれこめていた雲が、裂ける。
星が、瞬く。

「きらめきよ、つらぬけ……星晶針!!」

降り来る星のきらめきが、水柱を撃ち抜いた。
…その様を、唖然としたまま見つめているのは…だけではない。
「…友雅、お前……」
天真の言葉に、友雅がくすりと笑って応える。
「これが本来の私の姿なのだよ。…男前だろう?」
「なっ…!んなこと言ってねーよ!!」
「友雅さん!!戻れたんですね!」
駆け寄ってきたの頭に、そっと手を置く。
「…もっと、早く気付かなければいけなかったね。神子殿」
「え……?」
「この宝玉も、とうに私を選んでいたのだろう。……自覚なくては、八葉の宝玉は見えぬか。君を守りたいと思って、初めて芽生える力のようだ」
鎖骨の間に輝く宝玉に、手を触れる。…心地良い、ぬくもりだ。少し先では、詩紋が「地来撃!!」と叫んでいる様子が見える。先ほどから、天真も妙な技を使っているようだ。
「あれは…」
「君を守る、八葉の力だよ。……私もね」
君はここにいなさい、神子殿。
言い置き、友雅も泉へと向かう。
「私が……神子……?」
探していた、龍神の神子さまが…私?
「そんな…」
あまりの驚きに座り込んでしまったを見て、アクラムは小さく笑みを浮かべた。

『…来い。私の、神子』




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