ぱたぱたと透渡殿を走っていると、瞬間的に足を滑らせる。
「わっ」
重力には逆らえず、は勢いを殺すことなくひっくり返った。
ー、パンツ丸見えだぞー」
それを見ていた天真が、けけけと笑いながら言う。
「天真くんのエッチっ!!」
むっとしながら起き上がろうとすると、後ろから来た人物に片手でひょいと抱き起こされる。
「神子。ぱんつとは、えっちとはなんだ」
「……内緒です」
泰明の言葉に、は視線を明後日に向けて返した。どちらも説明できるようなものではない。

…京に来て、二週間が過ぎようとしていた。





「八葉の方々も、残すところあとお二人。これもひとえに、神子様のお人柄ですわ!」
「いや…私いまいち、何もしてないけど」
嬉々として言った藤姫の言葉に、が苦笑しながら返す。
…天真、詩紋、友雅はこの京に来た時点で既に、八葉だと知れていた。その翌日、陰陽師である安倍泰明が「神子に呼ばれた」と言って土御門を訪問し、彼もまた八葉であると知れた。(最もは「呼んでないよ!」と焦っていたが。)
そこに武士団である頼久、今上帝の弟にあたる永泉が加わり、残す八葉はあと二人となっていたのである。
ちなみに、件の泰明は今、藤姫の元へを届けてから「師匠が呼んでいる」と土御門を後にしている。
「…まあ確かに、頼久はが庭でカラスの群れに襲われてたときに助けて宝玉が現れたし、永泉も仏の導きーとかいうやつでわかったんだろ?確かには何もしてないよな」
ケケケと笑って言った天真に、むっと頬を膨らませる。
「自分で言う分にはいいけど、天真くんに言われると腹が立つなあ」
「ヘイヘイ。そんなちっさいナリで何言っても迫力ないぜ」
「〜〜〜っ!」
「ほらほら、天真も神子殿も、そう熱くなるものではないよ。ここでもめても仕方ないだろう?」
友雅がそういいながら、ひょいとを抱き上げる。
「友雅!」
「友雅さんっ!」
「友雅殿!」
それぞれに違う色を含んだ声で名を呼ばれ、友雅は苦笑する。
「神子様に無礼を働かないで下さいと、何度も申しておりますのに!」
真っ先に続きを口にしたのは、使命に忠実な小さな姫だ。
「無礼だ、など…私はただ、神子殿を天真の手からお助けしたまでですよ」
「俺がいつ何をしたってんだ!」
「と、友雅さん!私、その、大丈夫ですから!!」
真っ赤になってばたばたと暴れるに、友雅が笑みで応える。
「向こうでは、随分と君に助けてもらったからね。その恩には報いなければね」
「いや、その…」
むむ、と口ごもりながら、どこか一抹の寂しさを覚える。
(…みこどの、かあ)
向こうにいる時は、「殿」と名を呼んでくれていたのに。
す、と境界線を引かれたように感じるが、それも致し方ないことなのだろうか。
(おやおや)
わかりやすいの反応に、友雅は苦笑する。自分なりのけじめのつもりだったが、どうやらそれはこの小さな姫のご機嫌を損ねてしまったらしい。
「……殿。あまり暴れては、落としてしまうよ」
さり気なくそう言えば、ぱっと表情が晴れる。…全く、童になってからはますます表情がわかりやすくなっているようだ。
「お待たせー!お団子、できたよ!」
そこへ、ひょいと顔を覗かせたのは詩紋だ。今の今まで、慣れない厨で菓子作りに励んでいたのである。
「わー!」
それを見た途端、ひょいっとは友雅の腕から飛び降り、床に着地した。
「…身軽なことだねえ。全く、一瞬で君の心を奪ってしまうとは」
「団子に負けたな、友雅」
早速手をつけながら、天真が言う。どうにも、いちいち突っかからずにはいられないらしい。
「私、この後ちょっと町に行ってみようと思ってるんだよね。残りの二人の情報、何か得られるかもしれないし」
「町に?」
団子を囲みながら、友雅・藤姫・天真・詩紋、それに外に控えている頼久が反応する。
「駄目…かな?」
藤姫に、お伺いを立てるように聞く。…いくら中身は年上でも、今の状態ではこの幼い姫よりも小さな体なのである。どうにも、強くは出られない。
「共の者をつけて、神子様の身の安全が保障されるのであれば…大丈夫だと思います。神子様がそのように積極的に考えて下さって、藤は嬉しゅうございます!」
にこりと笑って答えられ、ほっとする。何もしないまま、時が過ぎるのを待つ余裕がないことはわかっていた。
(……言えない、けれど)
時々、鬼の声が聞こえること。
自分を、誘っていること。
それは即ち、彼らの力が強まっているからなのであろう。
「…………。」
そんなを見て、友雅はすっと目を細めた。
(…何か、隠しているね)
神子として召還されたばかりだというのに、早くもその全てを背負い込もうというのか。
「……藤姫。私が、神子殿の共をしよう」
「友雅さん!?」
天真と詩紋に声をかけようとしていたは、その申し出に飛び上がった。
「そうですわね…友雅殿は、ああ見えて立派な武官ですから。きっと、神子様をお守り下さると思います」
「…これはこれは、おきついですね」
「恐れながら」
苦笑しながら言った友雅の後ろから、声が発せられる。
「この頼久も、お連れ下さい」
「え、」
「おいおい、それじゃあ俺も行くぜ?」
「ちょ、」
「そ、それならボクだって!ちゃんと一緒に行くよ!」
「な、」
(そんな大勢で行ったって…!)
大の男を4人も引き連れて歩く、幼い自分。
悪目立ちにも程がある。これでは、まともな情報収集は期待できないだろう。
(うーん…)
いっそ今すぐ飛び出してまいてしまいたいが、自分の今の足では何メートルも行かないうちに頼久に捕まるのは目に見えている。行動を起こすのは、町に出てからもいいだろう。
「…とりあえず、行きましょうか?」
若干引き攣ってはいたが、そう言っては微笑んだ。




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