(町にはまだ活気はあるけれど…) 土御門を出て、左京を南へと向かう。一条四坊にある藤姫の邸は、もう随分と遠くなっていた。 「…友雅さん」 「なんだい」 横を歩く友雅に、が小さく話しかける。 「みんな、元気そうにしてるけど…でも、ふとした瞬間に表情が翳ったり、辛そうにしているのがわかります。これが呪詛の影響ですか?」 奪われ、呪詛された四神。 京の四方を守る神々は、いない。 「そうだね…そうかもしれないね」 鋭い観察眼に驚くが、それと同時に少し心配にもなる。…その、感受性の強さが、彼女の心を傷つけなければいいが。 (いるのだろうか?) この町の中に、八葉が? 足をとめ、周囲をぐるりと見回す。 …身長が低い分、地面が、土が、いつもよりも近い。乾いた大地を、肌で感じる。 七条のあたりは、右京の中でも庶民が多く住む地域にあたる。これが今の、京の姿なのだろう。 「おい…あの娘」 「ああ。…いいナリ、してやがる。取り巻き連中もな」 「どうする?」 「どうもこうもねえよ。…あいつらから離れる瞬間を見逃すなよ」 (町の人たちの話を聞きたい…) 何を感じ、何を不安に思っているのか。 それはきっと、この京を救う上で必要になる。 「おい?どうかしたか?」 「天真くん…」 ひょい、と覗き込んできた天真を、じっと見る。物言いが乱暴な天真では、不安を吐露する気にはなれないかもしれない。 (でも、詩紋くんは鬼と間違われちゃうし…頼久さんは強面だし…) ちら、と友雅を見やる。道端に咲いている花を、どこか愛おしそうに眺めている友雅を。 (仕方ないな) ここはやはり、当初の予定通り彼らをまいてしまおう。 子供の姿をとった自分になら、素直な感情をぶつけてくれるかもしれない。 「ね、天真くん」 「あ?」 「ちょっとトイレに行ってくるから、ついてこないでね」 こそこそと耳打ちすれば、天真が「お前なあ…」とあきれた声を出すが、「早く戻ってこいよ」と見送ってくれた。他の人にもうまく言っておいて、と伝えたから大丈夫だろう。 「友雅さんならバレてたかも…」 どきどきしながら、細い小道へと折れて駆け出す。…友雅には、全てを見抜かれている気がする。自分が隠していることも、隠していたいと思っていることも。 …それが時々、不安になる。頑張ろうとしている心が、折れてしまいそうで。…甘えて、しまいそうで。 (だめだめ、しっかりしなきゃ!) 話に聞いていた「龍神の神子様」は、自分だったのだ。…京を、救わなければ。自分には、しなければならないことがあるのだから。 「小さいことお話がしたいな…」 少し行った先にいる子供たちの輪の中へ、入ろうとした瞬間。 「むぐっ……!」 不意に後ろから口を塞がれ、そのままずるずると暗がりの方へと引きずりこまれる。 (な、なに!?) 「へへっ…てめーには悪いけどな、ちょっくら金づるになってもらおうか」 薄汚い身なりをした男が2人、自分を見下ろしている。 「んむっ!」 (この人たち、お金目的で…!) 今風に言うなら、身代金目的の誘拐。つまりは、そういうことだ。 (まずった…!) 人々の心は、すさみかけている。こういったこともあるのだと、想定していなければいけなかった。 …自分に本来の身長があれば、抵抗くらいは出来たかもしれないのに。 全く成す術もないまま、は担ぎ上げられその場から連れ去られた。 「なーなー親分」 「ん?どうした?」 が話しかけようとしていた、子供たちの輪の中のひとり。 後ろで髪を結びあげた、快活そうな子どもが赤髪の少年に声をかける。 「今、こっちに来ようとしてたヤツが…変なやつらに連れて行かれた」 「な……」 「良さそうな着物着てたから、どっかの貴族のガキかも…」 なんでこんなとこにいたんだかわからないんだけどさ、と続けた子供の頭を、赤髪の少年がくしゃりと撫でる。 「…貴族っつっても、そいつには非はないだろーしな。おめーらくらいの年だったんだろ?よし、オレに任せとけ!」 言うが早いか、その裏路地の方へと駆け出す。 「親分!気をつけてくださいよ!」 「おう、ありがとよ!」 既に姿が見えなくなった少年の背に向かって、子どもが小さく呟く。 「イノリの親分……」 ---------------------------------------------------------------- BACK |