「やだねえ、また人攫いかい?」
「拐かしだろう?嫌な世の中になったものだね…可哀想に…」
「失礼」
ひそひそと話しているところへ、友雅が不意に声をかけたせいだろう。ヒッと声を上げたが、その麗しい見目にたちまちほだされてしまったらしい。
「やだ、いい男じゃないのさ」
「…私など、あなた方の眩しさの前では霞んでしまうような男ですよ」
にこりと微笑み、さり気なく会話を続ける。
「ところで……あまり、穏やかではない言葉が聞こえたのですが。詳しくお話を聞かせて頂けませんか?」





「だからっ、てめーの父親の仕事はなんだっつってんだ!」
「わかんない」
ぷいとそっぽを向いたに、男が頭をかきむしる。
「くっそ…埒があかねーぞ」
「だから、まず身分を確かめてからにしろっつったんだ」
もう一人の男が、外から声をかける。
「うるせー、お前はしっかり見張ってろ」
(……さて、これでいつまでもつか…)
「サラリーマン」がごまんといた自分の世界からは考えにくい話だが、どうやら、父親の職業を聞けばその子どもがどこの子かわかるらしい。元々この世界の人間でない自分には当然、この世界に父親はいない。…しかし、このままでは癇癪を起こされて自分がどうなるかわかったものではないのも事実だ。
(せめてこの縄が解ければ…)
柱に縛り付けられた状態では、隙を見て逃げ出すことも叶わない。
「いっそ人買いに売っちまうか…」
ぼそりと呟かれた言葉に、びくりと震える。
あちらの世界にいた時には、自分とは全く関係のなかった言葉。…けれど、その言葉の持つ恐ろしさはわかる。なんとかなると暢気に構えていたが、急に恐怖が形を持って自分を襲った。
(……やだ…!)
どうしようもなく、怖い。助けて欲しい。
(友雅……さんっ…!)
…優しい微笑みも、耳に響く声も、あたたかな手も、今は全てが遠い。
勝手な行動をとったことを、怒られるだろうか。心配しているだろうか。なんと罵倒されてもいい、友雅に会いたい。
今更自分の浅はかさを呪ってみても、どうにもならない。じわりと涙が滲むが、あえて気づかない振りをしなければ恐怖でつぶれてしまいそうだった。
「やっ……!」
「お、なんだ?言う気になったのか?」
暴れれば暴れただけ、縄は食い込む。血がにじんでいるかもしれない。
……“怖い”、と。
この世界に来て初めて、心の底からそう思った。

ドク  ン ッ  …  ……

「…っあ………」
瞬間、脳内が真っ白になる。
自分の中にいる何かが、自分の意識を、乗っ取ろうとしている。
(だ……め………!)
それは恐らく、自分をここへ呼んだ……龍神。
何かがいると、心のどこかで感じてはいたが…ここまではっきりと存在を意識したのは初めてだ。
…体が小さくなってしまった今、内面の均衡も危うくなっている。
けれどは、そうやすやすと龍神に意識を渡してはならないと強く感じていた。
(私が……怖い、って…感じた、から……?)

邪魔モノヲ、排除シヨウトシテイル?

(やっ…こんなところで力を解放したら…どうなってしまうかわからない…!!)
守りたいはずの京を、人を。
……破壊しかねない力を持っていると、感じる。

会いたい人に、二度と会えなくなるかもしれないと。

「だ…めっ……!」
ガクンッ、と。
小さく呟き、の体が力を失う。
「お…おい、どうした?何だよ、俺何もしてねーぞ!?」
不意に意識を失ったに、男が焦った声を上げる。龍神の意識を押さえ込むために力を使い、が気を失ったことなど知る由もない。
「おい、何か……………うあっ!!」
外で見張りをしていた男が、悲鳴を上げる。その直後、どさりと何かが倒れたような音が響き、今度は中にいた男が焦った。
「な、なんだよ?一体何が……」
「…残りはてめーかっ!!」
バサッ、と入口にかかっていた敷布を捲り上げ、赤髪の少年が飛び込んでくる。
「なっ…何だてめー!?」
「うるせー、この人攫いがっ!!…苦しいのなんかみんな一緒なんだ!子どもに手を出すなんておめー、最低だな!!」
その言葉に、男の頭にかっと血が上る。
そんなことはわかっている。わかってはいても、それをこんな小さな少年に言われると腹が立つのだ。
「……ガキが生意気言ってんじゃねーよ!それ以上近づいてみろ、こいつの命はねーぞ!」
「な……」
意識を失ったままのの喉元に、刃の切っ先があてがわれる。男の目は、決してそれが嘘でも冗談でもないことを物語っていた。
(くそ…やっぱり、もう一人も不意をつくべきだったな)
今更悔やんでも仕方ないが、ぐっと唇をかむ。
(どうすりゃいい…どうすりゃいいんだ……!)
「……ん…」
小さく声が漏れ、そちらを見やると、縛り付けられたままの童が目を覚ますところだった。
「…おいっ、大丈夫か!」
思わずそう声をかけると、まだ目覚めたばかりの虚ろな瞳でこちらを見やる。
「…天の、朱雀」
「え……?」
それだけ呟くと、再びその童は力を失ったようにうな垂れた。苦しげに息をしているから、どこか痛むのかもしれない。
「オラッ!さっさとここから出て行け!!」
小さな変化に気づいているのかいないのか、男は激昂して叫ぶ。これ以上刺激するのは、危なそうだ。
(……けど………なんだ……?)
額が熱い。
…力が、みなぎる。
「……もえろ…」
言葉が、生まれる。

「……燃えろ!火炎陣っ!!!」

「なっ……!」
小さな小屋が、一瞬にして炎に包まれた。




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