「…これは、あまり愉快な事態とは言えないね。」

ゴォォォォオオッ。

足下には空、頭上には家々の屋根。遥か上空から真っ逆様に落下しながら、友雅は小さく呟いた。





「…なんか、変。」
「は?何が?」
唐突に呟いたに、友人がきょとんとして聞いてきた。
「うん…何がって言われてもよくわからないんだけど、なんとなく、…うーん、ちょっと今日はもう帰るね」
「え、ちょっ、!?」
「また明日!」
自動ドアが開くのももどかしく、パタパタと店を出る。「ありがとうございましたー」と店員の声に送られ、周りを見回した。…特に変わったことも、ない。
(違う、呼ばれた)
「…え?」
自分の中で無意識に呟かれた言葉に、自分で疑問を返す。呼ばれた?誰に?
「……もうっ、わからないことだらけ!何がどうなってるの!」
刹那感じた、「呼ばれた」という感覚。それが間違いでなければ、自分を待つ誰かがいることになる。
(どこ?)
どこにいるの。
(誰?)
誰が呼んでいるの。
あてもなくさまよっていたはずの足は、いつの間にか明確な意志を持って走り出していた。人気のない、町外れにある林の方へ。林の中の、泉の方へ。
「…っ、はぁっ…!」
ザッ。
木々の割れ目を縫って、たどり着いたその場所は。
「……あ、ここって、」
(時の泉…?)
耳にしたことはあるが、目にするのは初めてだ。
町外れにある林の奥の奥、そこにただ鎮かに泉があるという。…ただし、近寄るものはほとんどいない。それは、鬱蒼と繁った木々のせいで昼間でも暗いためでもあり、そしてまた、あまり穏やかではない噂のせいでもあった。
(…誤って泉に落ちると、時空の狭間に迷い込んで、二度と抜けられなくなる)
ごくりと唾をのみ、そっと辺りを窺った。非現実的な噂を信じるわけではないが、誰が名付けたかも知れぬ「時の泉」。火のないところに煙は立たぬ、というではないか。
「…こっちのほうで、呼ばれた感じがしたんだけど。」
実際に声が聞こえたわけではない。ならばなぜわかるのか、今はそれを疑問に思うより自分を呼んだ人物を探す方に集中したかった。

…ちゃぷん。

「え?」
水面の変化に、が気付いた次の瞬間。

ゴワァァァァアァァアアッ!!!

「…………っ!!」
突然、時の泉が上空に向かって噴き上げた。あまりの出来事に唖然としているの前に、一瞬の後には巨大な水の柱ができあがっていた。
「なっ…何!?」
柱の先、天に近い場所。そこに向かって、空から何かが降ってくるのが見える。何か…そう、まるで人間……
(人間!?)
近くにビルなどの高い建物はない。一体あの人物は、どこから落ちてきたというのだろう。

どぶんっ!!

「!」
空から降ってきた人物が、柱の先に落ちたらしき音がする。水の柱は高すぎて見えず、その真偽は定かではない。
(な…何、何がどうなってるの!?)
自分の理解の範疇を越えた出来事に、脳がショートしそうになる。とりあえず導き出した答えは、「落ちた人の安否の確認」だった。
が戸惑っている間に、水の柱は落ち着き始めていた。ゆるゆるとその高さを失いながら、元の静かな水面へと戻ってゆく。…その中に、一瞬だが、確かに人影を認めた。
「あ……!」
泉に足を踏み入れかけ、はっとして踏みとどまる。
(時空の狭間に)
この現象を見た後では、それも信憑性を帯びてくる。
が躊躇っていると、まるでそれを見透かしたかのように水の柱の方が近寄ってきた。とっさに身を引いたの前に、その水の柱の先から人の姿が現れる。…だが、その姿は、少々普通のそれとは違っていた。
「………え?」
水から吐き出された平安の者と、現代でそれを受け入れた者。

時代の違う二人が、時空を超えて出会った瞬間だった。




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