「このちっこいのが神子様だぁ!?」
「うっ…そ、そうだけど…なんかちょっと…抵抗が…!」
「おいこらイノリ!てめーに何言ってやがるんだ!それに元からそんなんじゃないってさっき説明しただろ!」
「やれやれ……」
藤姫の屋敷に戻り、怪我の手当てをし、着物を着替え、一息ついて。
そうしてが友雅と共に天真のいる武士団の一室を訪ねたところ、開口一番がこれだったのだ。
ふと視線を落とした天真が、の手首に巻かれた布に目をやり、ぎゅっと眉をひそめる。
「…その………さっきは、悪かっ」
「ごめんなさい!」
天真が言葉を続けるより先に、がばっと頭を下げる。
「……へ?」
天真がきょとん、としていると、がそのまま言葉を続けた。
「私が天真くんに嘘ついて、勝手に自分から危険な目に遭うようなことして、それでみんなにも迷惑かけて…本当にごめんなさい!!」
「え、いや、俺のほうこそ、その…」
「はいはい。この話はこれまでとしようじゃないか」
このままでは押し問答、と友雅が割って入る。
「……友雅もいたのかよ」
殿の背に隠れるほど、小さくは無いはずだがね」
「あーあーそうですか。俺が悪うございましたよ」
「もうっ、二人ともやめて下さい!!」
睨み合いを始めた大の男二人の間に、小さなが割って入るのははたから見ても滑稽だ。天真もそれを察したのか、ため息をつきながら一歩下がる。
「あー…とりあえず、こいつな。を助けてくれたこいつ。イノリってんだ」
「イノリくん、って言うんだね。あの時は本当にありがとう!イノリくんが来てくれなかったら、どうなってたか…」
「あー…まあ、別にいいぜ。改めてそんな礼言わなくてもよ」
俯きがちに頬をかくイノリの額には、輝く宝玉。…八葉の、証。
「ねえ、天真くん、イノリくんにはどこまで話したの?」
神子のこと、八葉のこと、鬼のこと。
…八葉に選ばれたものが持つ、力のこと。
「多分、ほとんど話したと思うぜ?なあ」
「ああ!鬼と戦う力が手に入ったんだろ?あんときは良くわかんなかったけど…協力するぜ、!」
「ありがとう、イノリくん!」
「新しい八葉の仲間が見つかったってほんと?ちゃん!」
ひょい、と顔を覗かせたのは詩紋で。
「うん、イノリくんって……」

ざわっ……

びくっ、と。
肩を震わせ、がイノリに向き直る。
「…イノリ、くん?」
「なんで……」
先ほどまで浮かべていた笑顔は、欠片も残っていない。今浮かべている表情は…嫌悪と、怒り。
「なんでここに鬼がいるんだよ!!!!」
「……えっ………」
全面的な嫌悪を剥き出しにされ、詩紋が一歩下がる。
「ボ、ボクは…鬼じゃ、」
「鬼がいるなんて聞いてなかったぞ!!オレは帰る!!」
「ちょっ、イノリくん!!」
の声も振り切り、イノリは飛び出していってしまった。追おうとしたの手を、友雅が掴んで止める。
「…殿。今追っても、追いつけはしないよ」
「でも……」
泣きそうになっている詩紋を見て、ひどく胸が痛んだ。…イノリは、急にどうしたというのだろう。やたらと人を傷つけたがるような人物ではない。何がしかの事情はあるのだろうが、今の反応はあまりに詩紋にとって酷だ。
「……やっぱり、追いかけます!」
殿!」
このままじゃいけない。そう言い切ったが、友雅はそのままを抱き上げてしまった。
「友雅さんっ!」
「……少し、落ち着きなさい。君はまだ体力が回復しきれていない。それに…イノリも、今追いかけたところで、まともな話し合いはできないだろう。君の気持ちはわかるが、日を改めた方がいいと思うがね」
、イノリの住んでる場所なら聞いてある。…明日にでも行ってみようぜ」
そういって、天真は詩紋に向き直った。
「……詩紋、お前もだ。男の癖にそんな泣きそうなツラしてんじゃねーよ」
「だって…」
くしゃ、と自分の髪に触れ、項垂れる。
「…友雅さん。イノリくんが、詩紋くんを鬼っていったのは……」
「ああ。彼の容姿だろうね」
自分も、の世界で初めて詩紋に会ったときは少なからず警戒したことを思い出す。だが、共に過ごしていれば、詩紋が鬼ではないことくらい、すぐにわかるようになるだろう。
「………難しい、なあ」
もう大丈夫です、と声をかけ、地に降りる。…先ほど牛車の中で決意を新たにしたばかりだが、やはり難しい。
(でも…)
そ、っと自身の手首に触れる。この程度の怪我で済んだのは、紛れも無くイノリの助けがあったからなのだ。
(悪い子じゃない、はずだから)
ぎゅっと拳を握り締め、はイノリが去っていった方角を眺めていた。
(…しっかりしなくちゃ。八葉だって、あと一人だもの。そっちも頑張って探さなきゃ!)





「鷹通殿。この資料はどちらに……」
「ああ、それは右から二番目へ。………っ?」
眉をひそめ、首筋に手をあてた鷹通へ部下の一人が心配そうに声をかける。
「鷹通殿?」
「ああ…すみません、何でもないのです」

……誰かに、呼ばれた気がした。
優しくあたたかい声の―――…誰かに。



----------------------------------------------------------------
BACK