「…ちっちゃ。」 “それ”を目にしたときに発したの一言は、単純明快かつシンプルでわかりやすいものだった。 「じゃなくて!ええと…ど、どうしよう」 とりあえず意識はなさそうだ。人間相手の人工呼吸なら心得ているが、相手は……… (ううん、しないよりはマシ!!) 意を決し、“それ”をそっと抱き上げる。顎を上に傾け、口を近付けた瞬間。 ぱち。 「………あ」 不意に開かれた瞳に、慌てて身を引く。 「おやおや、随分と大胆な姫君だな。君という人に出会えたことを、感謝する間も与えてはくれないのかな」 「は…い……?」 口を開くなり口説き文句のような台詞を言った“それ”に、は固まった。…どう反応を返せばいいのか、わからなかったのだ。 「……ん?」 そしてそんなの反応に違和感を覚えたのか、ぐるりと周りを見回し、自分の足下にあるの手を見て、最後にへと視線を戻した。 「…もしかして、私は小さいかい?それも…姫君の手のひらに乗るほどに?」 「はぁ…小さいです、ね…。」 ちょこん、と手のひらの上に座り込んで困ったように呟かれ、…も困ったように返すしかなかった。 「何から説明すれば良いものか…」 放置しておくわけにもいかず家に連れて帰ったはいいものの、何が何だかさっぱりわからない。とりあえず小さなタオルハンカチを座布団代わりに置き、その上に小さな彼を乗せてみた。…どうやら、お気に召してもらえたらしい。 (しかし…こんなに小さいのに、なんだか雅やかだなぁ) 着物を着ているから、というだけではない。彼の持つ雰囲気、オーラがそう思わせるのだ。 「…ふふ、そう見つめないでおくれ。この小さな体に、君の視線は熱すぎる」 「え?あ、いやその、すみません!」 わたわたと手を振って謝ってから、がっくりとうなだれる。全く何を取り乱しているのだ、自分は。 「そうだね…簡潔に事実だけを述べてみようか。まず私だが、名を橘友雅という。左近衛府の少将…といって通じるかな?」 「佐古のF…?」 疑問に満ちた表情のに、「わかった」と軽く手を振って応える。 「そうか…服装から見て間違いないとは思ったが、これで確信した」 一人ごちている友雅に、が恐る恐る声をかける。 「あの、私はと言います。高校一年生です」 「殿」 「はいっ!?」 名乗った途端に名を呼ばれ、驚いて声がひっくり返ってしまった。それに構うことなく、友雅が淡々と続ける。 「落ち着いて聞いてほしい。私は京という場所から、時を超えて君の元へやってきた者だ」 「……時を、超えて…?」 あまりにも非現実的かつ突飛な台詞に、言葉が続かない。そんな馬鹿なことが、と言いかけ、はたと先ほどの出来事を思い出した。 「時の……泉」 その泉に迎えられるように、空から降ってきた存在。 は、ふー…と深く息を吐いてから、意を決したように友雅を見据えて言った。 「……本当、なんですね。」 「理解が早いね。賢しい姫君は好きだよ」 「いや、そんな…」 こっちが照れるようなことをさらりと言う人だなぁ、と頭の片隅で思う。このサイズだからよかったものの、これが普通の人間サイズだったら自分はどうなっていただろうか。 (じゃ、なくて。んー…この姿、言い回し。それに“京”……もしかして、平安時代から来たのかな…?) 実在した平安時代に、時空を超えられるシステムがあったとは考えにくい。平安に似た異世界、とでもいったところだろうか。 「それで…何でまた、遙々時空を超えていらしたんですか?」 端から見れば、机の上の人形に敬語で話しかけているおかしな人だ。しかし、いかにミニサイズであろうと、そうさせてしまう力を友雅はもっていた。 「…厄介なことがあってね。これも話せば長いな…御伽噺と笑わずに、最後まで聞いてくれるかい?」 「ええ、勿論。」 ここまで来て、信じるも信じないもない。目の前にあることが真実、それはもう疑いようもないことなのだから。 「…京は今、怨霊がはびこり、穢れに晒されている………」 ---------------------------------------------------------------- BACK |