「…つまり、友雅さんは“龍神の神子”を探して連れて帰らなきゃならないんですね」
「そういうことになるかな」
すぱんっ、と軽やかに扇を広げながら言う。…こういう仕草がここまで様になる人も、そうそういないのではなかろうか。
殿が龍神の神子なら、話は早いんだがね」
「あはは、まさか。私、そんな神力とかないですもん」
(この声……)
似ている。
あの、昼とも夜ともつかない空間の中で聞いた声と。自分を光へ誘った声と。
(とは言え、確証もない。今迂闊なことを言って混乱させたくはないし…。仮にそうだったとしても、戻りようがなくては致し方ないね)
そういえば、こちらから京に戻る術などは藤姫から聞いていない。そのことに思い当たり、友雅は心の中で苦笑した。全く、何をしに来ているのだろう。
「ところで、友雅さんはなんで小さいんですか?それとも、京の人たちはみんなそういう種族なんですか?」
「ふむ……」
とん、とが立てた鏡に姿を映し、思案する。…今の自分の姿は、以前どこかで見かけた力を封印された天狗にそっくりだ。
殿が大きい…というわけではないだろう。おそらく、時空を超える際に何かが…)
その瞬間、突然思い出した。…そう、自分は、泉に飲み込まれたときに声を聞いている。
「あ、ごめんなさい、ちょっと出かけてきます。私、バイトしてて」
「…ばいと?」
「あ、そっか…ええと…簡単に言えば、仕事です。ここで待っていてもらってもいいですか?続きは帰ってきてからで…」
「勿論構わないが、君のような者まで仕事をしなければならないのかい?こちらの世界は、随分と大変なようだね」
「あはは、簡単なものですから」
平安時代の人からしたら考えられないだろうなあ、なんて考えながら、自分がまだ制服だったことに気付く。私服に着替えようとブラウスに手をかけたところで、はたと気付いた。
(……やっぱ、マズいよね。)
着替えを諦め、鞄の中から教科書だけ取り出すとそのまま「いってきます!」といって部屋を出ていった。
「…なかなか、可愛い姫君だな」
くすくすと笑みをこぼしながら呟く。こんなに小さくとも、自分は男として認識されているらしい。
(そう…声を聞いたな)
誰もいなくなった部屋で、横にあるなにやらやわらかなもの(テディベアだ)に背を預けつつ再び思い出す。
「あれは鬼の首領の声か?確か…そう、『おのれ…泉に救われたか。邪魔はさせぬ…!』だったか」
口に出して呟き、意味をかみしめる。…どうやら、鬼に時空を超えることを読まれていたらしい。思えば、あんな空から落下したというのもおかしい。藤姫の言によれば、もう少し安全にたどり着けても良さそうなものなのに。
(鬼が何か仕掛けたか…。この体も、どうやらその影響と見て間違いなさそうだな)
時空の狭間に落とされなかっただけ、まだ良かったのかもしれない。
次の疑問は、の存在だ。どうやら泉は友雅を迎え入れてくれたようだが、何故彼女はあの場にいたのだろう。それこそ、龍神の神子だから何かを察知したのではないか。
(…話が、そう簡単に進めばいいがね)
外に視線をやると、どうやらちょうど日が沈みきるところらしい。紺碧の空の美しさは、どこでも変わらないようだ。
「……おや?」
友雅がその異変に気付いたのは、それから間もなくだった。





「ごめん、お先!」
「ええー!?今日カラオケ行こうって言ったじゃん!」
「また今度埋め合わせるからー!」
早々に着替え、店を後にする。時刻は九時、空には大きな月が昇っていた。
(友雅さん、大丈夫かな…)
親が勝手に部屋を覗くことなどはない。仮に何かの事情で開けたとしても、あのサイズだ。とっさにどこかに隠れるくらいのこと、彼ならば難なくしてくれるだろう。
「ただいま!」
「あら?早かったのね。今ご飯あっためるから、ちょっと待って」
「あ……」
二階にある自分の部屋へ即向かいかけた足を、夕飯という存在が引き留める。…親にばれている様子もないし、友雅の元へ行くのはそれからでも遅くないだろう。
「…うんっ!あ、その間にお風呂はいってきちゃうね!」
「はいはい、ごゆっくりー」





夕飯を食べ終わってすぐにおにぎりを握っているを見て、母親が目を丸くした。無理もない、今十分な量を食べたばかりなのだから。
「夜食?太るわよ」
「い・い・の!」
おにぎりを小さく小さく握りながら言い返す。これでも友雅には大きいだろうが、これ以上小さく握るのは不自然だ。
「夜更かししないで、早く寝なさいよー!」
「はぁい!」
とんとん、と階段を上り、「ただいま」と言いながら部屋の扉を開けた瞬間。
は、息をすることすら忘れて硬直した。

「やぁ、お帰り殿。こんな遅くまで出歩くなんて、あまり大人を心配させるものじゃないよ」

…目の前のベッドに腰掛けていたのは、優雅に着物を着こなした男性で。その柄は、友雅が着ていたものと同じで、優美な微笑みも、友雅のそれと同じで。

つまり、そこにいたのは、普通の人間サイズの友雅だった。



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