「あ…あ……」
声を意味のある言葉として発することができない。そんなに、友雅はにっこりと極上の笑みを浮かべて言った。
「おや、何をそんなに驚いているんだい?」
「まっ……」
「ま?」
「間違えましたァァァァァア!!!」

ばたんっ!!!

力の限りを尽くして全力で扉を閉め、ドアに背を向けその場に座り込む。…心臓の音が、うるさいくらいに激しく鳴り響いていた。
(な…何!?なんで大きくなってるの!?)
あの小ささでさえ感じた、雅やかで壮麗な雰囲気。それがあのサイズになろうものなら、もはやいるだけで凶器だ。実際、この早鐘のような心臓だって、いきなり大きな友雅を見たせいだけではない。…頬が、熱かった。
「いや…でも間違えましたはないよね、マンションじゃあるまいし…」
ー?どうかしたの?」
「え?いやっ、なんでもっ!?」
先ほどの叫びは、どうやら一階まで聞こえてしまったらしい。心配したらしい母親が、とんとんと階段を上ってくる音がする。
(…って分析してる場合じゃない!!どうしよう!!)
ばっ、と振り返る。…この扉の向こうには、洒落にならない人物がいる。だが、母親に見つかる方がもっと洒落にならない。なにしろ今はあの大きさなのだ、自分がフォローに回らなければ確実に見つかる。
(でも……入りたくない…!)
とん、とん、とん。
(あああもう本当にどうしよう…!)
とん、とん。
(でもこのままじゃ確実に……)
とん。
「〜〜失礼しまぁすっ!!」
小さく呟きながら、がばっと扉を開けた。そこには元の小さな…友雅がいるはずもなく、相変わらず標準サイズの優麗な友雅がいた。
「とっさの処置ですのでお許し下さい!!」
できるだけ目を見ないように顔を逸らしつつ、ずんずんと友雅の座っているベッドの方へと近づいていく。
殿?」
今から押し入れに友雅を押し込む余裕はない。広くもない部屋だ、たとえば後ろに隠れられるようなソファーだってない。……他に、致し方ないのだ。
「…?」
そっと顔を除かせた母親に、は軽くせきをしながら答えた。
「あ、ごめん。ちょっと風邪気味っぽくて、くしゃみしただけ。ついその…くしゃみのあとに、親父くさくちくしょーいとか言っちゃって」
「…っふ、なーに、それ。まぁいいわ、風邪気味なら早く寝なさいよ」
「はぁい」
そうして母親が部屋のドアを閉め、足音が遠ざかったのを確かめてから。
「………ごめんなさぃぃぃぃいっ!!!!」
ベッドから跳ね起き、掛け布団をひっぺがしては床に飛び降りた。
「その、色々厄介ごとを避けるためとは言えいきなり布団に押し込んだりして、あの、もう本当に……!」
「何をそんなに謝る必要があるんだい?殿は私を守ろうとしてくれたのだろう。どうかそれ以上、その愛らしい唇から己を責める言葉を紡がないでおくれ」
布団に押し込んだというのに、髪一つ乱れないまま、服のしわもないままに友雅はそっとベッドから下り、の頬に手を添えて言った。
「え、と、その…あの……」
パクパクと口を動かすに、友雅が悪戯っぽそうに続ける。
「…ふふ。いきなり床に引きずり込むだなんて、随分と大胆な姫君だね?」

ぼんっ。

…その言葉に、はついに爆発してその場にへたり込んだのだった。



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