「…あの、友雅さん、なんですよね?」
フローリングの床に正座して向き合い、が恐る恐る尋ねる。先ほど自分の腰を抜けさせた目の前の人物は、確かに自分の知る友雅と同じ姿格好だ。…大きさが違う、という決定的な違い以外は。
「おやおや。僅かな間に、もう私の姿を忘れてしまったのかい?寂しいね」
「いやあのそうじゃなくてですね、ええと…その、サイズが」
そうしてにっこりと笑みを浮かべられると、正直直視できない。視線を明後日の方に向け、どうしたものかと頭を抱えたくなってしまった。
「…差違図?」
「え?ですから、サイズ…あ、そっか。じゃなくて…」
すっかり日常に馴染んだ外来語を、ついつい使ってしまっていた。これでは通じなくて当たり前だ。
「あの、友雅さん、小さかったじゃないですか。私の…手のひらに乗るくらい。それが、どうして突然そんな風に大きくなったんですか?」
身振り手振りを交えて話していたの話を聞き終わると、友雅はくすりと笑って言った。
「…おや、そうだったかな?」
「え、ちょっ、友雅さん!?」
まさか本当に、覚えていないのだろうか。焦ったが腰を浮かせると、友雅は声を上げて笑った。
「……あの。」
「いや、すまないね。君があまりにも素直な反応を返してくれるものだから、それが可愛くてついついからかってしまった。許してくれるね、姫君?」
「………はぁ…」
さらりとすごいことを言うのは、変わっていない。ただ、破壊力(腰砕け力)は三割り増しだが。
「それで、あの…」
「ああ、そうだね。少し真面目になろうか。」
そう言って、いつの間に出していたのやら、客用座布団の上で優雅に足を組み直した。…何か特別なことをしているわけではないのに、この人の行動には全て「優雅に」という形容詞をつけたくなってしまう。
「…実はね、私にもよくわからないのだよ。ふと気付いたら戻っていた……」
「ふと気付いたら、って…」
そんな風に、突然大きくなったり小さくなったりするのだろうか。ふと振り向いたら大きくなってました、ではいくらなんでも心臓に悪すぎる。
「何か、きっかけとかなかったんですか?」
「きっかけ、か…」
あの時自分は、何をしていた?紺碧色の空を見上げ、綺麗なものだと…
「………夜?」
「え?」
ぽつりと呟いた友雅の言葉を聞き取れず、が聞き返す。
「夜……か?」
「よ、る……」
再び漏れた独り言のような呟きを、今度はしっかりと聞き取る。
「あぁ、すまなかったね、殿。これはあくまでも仮説に過ぎないものとして聞いてほしいんだが…」
仮説、というより、想像、空想でしかない。だが、そう考えるしかないのだ。
「夜になると、向こう…つまり、京と、ほんの少し、僅かに…通じるのではないかと思うのだよ」
「京と…繋がる……!?」
目を見開いて言ったに、友雅は軽く扇を振って返す。
「いや、少し違うかな。京の気が流れてき易くなる…というところだろうか」
そう、自分は確かに今、ここに一人でいるが、京にはそんな自分を待つ人がいる。その筆頭が、星の一族の末裔…藤姫だ。彼女は自分を送ってから、ずっと祈りを捧げているだろう。龍神の神子を無事に連れて自分が戻ることを、昼も夜も願い続けているはずだ。
「! つまり、話に聞いた藤姫ちゃんの祈りとか思いとか、そういうものがこの世界に届くってことですか?ええと…星の一族って言うくらいだし、夜のほうが祈りが届きやすいんじゃないでしょうか?」
「………。」
そのの言葉に、友雅は少々不意をつかれた。…頭の回転の早い娘だとは思ったが、まさかほぼ自分と同じことを、この早さで考え付くとは。
(本当に…)
この娘が、龍神の神子なのではないだろうか?
だとしたら、今すぐにでも連れて戻りたい。だが確証はないし、なにより戻る方法がない。
「あの…友雅、さん?」
黙り込んでしまった友雅に、がおどおどと声を掛ける。何か間違ったことを言ってしまったのでは、と不安になっているようだった。
「ああ、すまないね。殿の賢しさに感銘を受けていたのだよ。私も全く同じことを考えていた」
鬼の邪魔が入らなければ、もう少しうまくことが運んだのだろうに。もしかしたら、声を聞くくらいは出来たかもしれない。おそらく今も、見えないところで攻防戦が行われているはずだ。
(…待てよ)
夜になると京の祈りが届きやすくなるということは、その逆も然り。こちらからも京に通じやすくなっているのではないだろうか?
「つまり…龍神の神子さまを見つけたら、夜、なんらかの手段を使って向こうに通じる道を見つければ…友雅さんは、帰れるかもしれませんね!」
「…ふふ。殿は、読心術でも心得ておいでかな?」
本当に回転が早い。そんなをくすりと笑って見てやると、一気に赤くなってしまった。
「え?いえっ、そんなことはないです!!なんか適当に言ってるだけで、ほんと根拠とかなくて…!」
(そう…殿の言うとおりだ。何らかの手段を使って、藤姫の強い祈りとこちらからのきっかけを同時に起こせれば、京へ戻ることも可能だろう…)
だが先は長い。龍神の神子を見つけることから始めなければならないが、なにしろ昼間はあの大きさだ。自由に動くこともままならないし、藤姫と意志を通じさせることも出来ない。
「あの、私も、なんとか力になれるように協力させていただきますから!早く戻れるよう、頑張りましょうね!」
そんな友雅の思案顔を見て、落ち込んでいるとでも思ったのだろうか。が心配そうに声を掛けてきた。
「…ありがとう、殿。お言葉に甘えさせていただくよ」
「はい…!」
ほっとしたような表情を見せるも、は次の瞬間にある問題に思い当たって硬直した。
「…おや?どうかしたかい?」
にっこりと笑みを浮かべて言った友雅は、明らかにがぶつかった問題を見抜いていて。…は、逃げ出したくなった。
「……………私は居間で寝ますので…」
「おやおや。姫君を追い出して、私一人ここで寝ると?そんなことはさせやしないよ」
「いや!もうほんと気にしないで下さい!…あ!あのですね、この世界ではこういった押入れで寝ることも珍しくないんです」
某ネコ型ロボットを思い出しながら、押入れを開ける。…普段から整理して置けばよかったと今更後悔しても仕方ないが、残念ながら人が入れるスペースはなかった。
「〜〜〜〜〜床に布団を敷きますので!」
客用の布団が一組ある。それをこっそり自室に持ってくればいいと、踵を返して部屋を出ようとした時だった。
「何をごちゃごちゃ言っているのかな。こうすればいいだろう」
「ひゃっ……!」
いきなり後ろから抱きすくめられ、はそのまま軽々と抱き上げられてしまった。
「いやちょっ、あの何をどうすればこう…!」
ぽすん、と落下したのは確かに自分のベッドだが、いつもと明らかに違うのは横に寝る人がいるということ。しかもご丁寧にをちゃんと奥においてくれたので、降りるには友雅を乗り越えていかなければならない。そして、そんな失礼なことができるわけもなく。
「安心したまえ。何もしやしないよ」
「当たり前、ですっ……!」
真逆を向いていても、ものすごーく楽しげに笑っている様子が目に浮かぶ。完全に遊ばれているとわかってはいたが、これで平静でいろというのは無茶だ。
(朝っ…!早く来て、朝っ!!)
違うことを考えよう、とぎゅっと目を瞑ると、ふわりと香のにおいがした。友雅のものに違いないのだが、一体なんと言う名なのだろう。京の人ならすぐわかるのだろうが、香を焚く習慣などないにはわかるはずもない。
(…明日にでも、聞いて…みよう…)
なぜか心が落ち着き、は徐々に眠りに落ちていった。
「…おやおや、すっかり信頼されているようだね」
くすりと笑って、そっとの髪を梳く。微かなにおいは、友雅の知らないものだった。京にシャンプーなどあるはずもないのだから当然だ。
(明日にでも、聞いてみるとするかな)

…そしてこれが初めて、が友雅自身に、友雅が自身に、興味を持った瞬間だった。



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