「……う、っさい。」
ピピピピピ、とやかましく鳴り響く目覚ましに手を伸ばし、叩くようにしてとめる。
…この瞬間が、どうしようもなく鬱だ。
(えーと…今日は確か英語のテストあるって言ってたっけ)
更に鬱になるようなことを思い出しながら、伸びをしようとしてはたととまる。
「〜〜じゃなくてっ!ともっ…」
自分の置かれている状況を思い出し、飛び起きる。
何を今までと同じように過ごそうとしているんだ、私は!
「おはよう、殿。ふふっ、寝顔も可愛いらしいが、そうして慌てる様もまた愛らしいね。君の前では朝の光も霞んでしまうよ」
「……おはよう、ございます。友雅さん」
友雅は、枕元でにっこりと微笑んで朝の挨拶をしてくれた。
自分は今、絶対すごい寝癖のついた髪型で、顔も寝ぼけ眼で、どうしようもないくらいかっこわるくてダサい格好だと思うのだが、それでもそんな言葉が出る友雅に感心してしまう。
赤くなった頬をぱんぱんと叩いてひきしめてから、心の中でぼそりと呟く。
(…なんとなく、わかってたけどさ。)
自分が起きた時、友雅は絶対に寝てはいないだろうということが。
(だってこの人、他人の前じゃ絶対に寝顔とか見せなさそうだもん。隙がない…っていうのかな、こういうの。)
そんなことを考えながら、身を起こす。どうせ自分の寝顔なんて見られたところで大騒ぎするようなシロモノでもないので、そこはもう触れないで置くことにしよう。
「やっぱり体、縮んでますね?」
友雅を手のひらの上に乗せ、目線と同じ高さまで持ち上げる。
「そのようだね。仮説は正しかったということかな」
「そうですね……」
昨夜を思い出し、逡巡する。
…どうやら、夜だけ力が強まるという説はあながち間違ってもいなかったようだ。
ーっ!遅刻するわよ!!」
「え、あ、わ、はいっ!」
一階から聞こえた母親の声に、慌てて友雅を机の上に降ろす。
パジャマのボタンに手をかけて、はたととまった。
「…見て減るもんでもないですが、このへんは乙女のプライドです」
「ぷらいど?」
「最後の羞恥心だとでも思ってください!」
抱きしめられて寝た記憶がよみがえる。ぶんぶん首を振ってそれを追いやってから、は友雅をくるりと反転させると、「目、閉じててくださいね」と言って素早く着替えた。
再び反転させられ、着替えたを見て友雅はきょとんとして言った。
「そうならそうと、言ってくれれば良いものを。姫君の更衣を見ようなんて無粋なまねはしないよ」
「着替えるから見ないで、なんて恥ずかしいじゃないですか!」
鞄をひっつかんで一階へ降りようとして、は停止した。
(………どう、しよう?)
ぎぎぎっ、と首を回し、友雅を見る。
丸一日家においておくというのも不安だし、かといって連れて行って見つかりでもしたら一大事だ。
(…っていっても、龍神の神子様探すためには、家にとじこもってるわけにもいかないよね?)
考えあぐねて一人百面相をしているを、友雅は面白そうに見ていた。
(考えていることが一目でわかってしまうよ、殿)
そうして友雅も、どうしたものかと考える。
もし自分がついていって、見つかった場合に一番被害を被るのはだ。それを考えると、迂闊にここを出ることもままならない。だが、こうして潜んでいても埒が明かないというのもまた真実である。
「友雅さん!」
「うん?」
そうしている内に、の中では結論が出たらしい。ぐっ、と友雅を持ち上げると、真剣な顔をして言った。
「ちょっと息苦しいと思いますけど、我慢してくださいね!」
「ん?」
それに対して友雅が返答を返す前に。
は、鞄の隅っこに友雅を入れて部屋を飛び出した。





(大丈夫かなー…)
ガタンゴトン、と揺れる電車の中、は鞄を抱きしめるように持ちながら心の中で呟いた。
(だって友雅さん、私のこと案じて出かけないとか言い出しそうだし。そうなったら神子様も見つけるに見つけられないし、家でお母さんに見つかっちゃうのも面倒だし)
悶々と考えているうちに、学校の最寄り駅に着いた。このへんには学校がいくつかかたまっているため、人の波に押し流されるようにして電車を降りる。
「…友雅さん?」
抱きしめたままの鞄に向かって、こそりと話しかけてみる。鞄の中に十分スペースはとったつもりだが、窒息などしていないだろうか。
「大丈夫だよ、殿」
返ってきた返事に、ほーう…と安堵の息をつく。とりあえずは無事のようだ。
「おっす、!」
「ぎゃーーー!!!」
後ろから不意に肩を叩かれ、は飛び上がった。
…と、同時に、鞄から、手を離して、しまった。
「……………っ!」
背筋が凍る。
とっさに伸ばした手は空を切り、が悲鳴を上げそうになったときだった。
ぱしっ。
「もう、いきなり肩叩いたらちゃんが驚いちゃうからやめたほうがいいって言ったのに!…おはよう、ちゃん。今日もいい天気だね」
目の前の少年が、手を伸ばして鞄が地に落ちる前にキャッチした。
「…………あ、」
安心してが崩れ落ちそうになると、後ろから声を掛けた少年がひょいとその腕を取って支えた。
「なんだよ、こんなに驚くとは思わなかったんだよ!…悪かったな、。大丈夫か?」
「……天真くん……………」
肩を叩いた人物を恨めしげに見やる。ここで文句を言っても仕方がないので、とりあえず支えてくれたお礼を言ってから、今度は鞄を持ってくれた少年に向き直った。
「おはよう、詩紋くん。鞄、ありがとう」
「どういたしまして」
差し出された鞄を受け取り、ぎゅっと抱きしめる。…友雅は、大丈夫だろうか。
「…友雅さん、大丈夫ですか?」
小さな声で囁くように聞いてみると、やはり小さな声が返ってきた。
「大事無いよ。心配しなくていい」
その声に、心の底から安堵する。全く、朝から心臓に悪い。
…実のところ、激しい浮遊感に、降って来た筆箱にで友雅はあまり大丈夫ともいえない状態ではあったのだが、それを正直に言ったところで心配させるだけ、どうにもならないので“大事無い”と返したのである。
(やれやれ。私は一体どうなってしまうんだろうね)
体勢を立て直しながら、友雅は苦笑した。全くこの姫君は、自分を飽きさせることがない。
「おら、行くぞ!」
ちゃん、行こう!」
「あ、うん…」
二人の呼びかけにこたえて走りかけ、慌てて思いとどまる。…走ったら、衝撃が伝わってしまうだろう。
(こんなんで大丈夫かなあ、私……)
不自然にならない程度の早足で追いかけながら、は嘆息した。

…一日は、始まったばかりだ。



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