「おい、どうかしたのか?」
「いや…どうもしない。うん、本当にどうもしない。」
詩紋と別れた後、天真はなにやらやつれた顔をしているの顔を心配そうに覗き込んだ。やつれた…というより、“疲れた”顔だ。
「鞄、持ってやろうか?」
「大丈夫だよ!!!」
ものすごい勢いでそう返す。そのまますたすたと歩いて教室に着くと、「それじゃ」と言うなりそそくさと自分の席に座ってしまった。なんなんだ、と疑問に思うも、本人がなんともないというのだから仕方がない。
「…友雅さん、大丈夫ですか?」
「大事無い…よ。」
なんだかさっきより声がか細い。大事無いということは、裏を返せば小事有りということだ。幸い、の席は窓際の最後列である。鞄の入り口を開けると、通路側じゃないほうに鞄をかけた。これならば、中を覗き込まれることもない。
「昼休みになったら、外に出ますから。それまで我慢してて下さいね」
「ああ……」
ようやく開けた視界に、友雅は眩しそうに目を細めた。手をかざし、光の隙間から鞄の外を垣間見る。
(…わからないもの、だらけだな。)
視界に入るもの全てに疑問系だ。また、周りも相当騒がしい。どうやら“学校”というところは、くらいの年頃の子達が集団で集まり、何かをするところらしい。あまりの騒々しさに、友雅は早々に鞄の奥に引っ込んだ。耳が痛くなりそうだ。
「…着席!静かにしろ!!」
その上を行く怒声に友雅は顔をしかめ、鞄の中にあった小さな布(ハンカチ)を頭からかぶった。





「友雅さん、大丈夫ですか?」
今日何度目かもわからない台詞を言う。
「大事無いよ、殿が心配する必要はない」
いつもと変わらない微笑を浮かべつつも、疲れているのは間違いないはずで。
「…お茶、どうぞ。」
ペットボトルの蓋にお茶を注ぎ、友雅の前に置く。
「ありがたくいただくよ」
それを抱えるようにもちながら飲む友雅の様子を見て、は嘆息した。
…長い一日が半分終わり、今は短い昼休みだ。
いつもなら教室で弁当を食べるところだが、今日は鞄ごと持ち出し、は裏庭の大木の下へとやってきた。無論、狭い鞄から友雅を出すためである。
弁当を広げ、蓋の上に箸で小さく分けた卵焼きやご飯を載せる。さすがに友雅サイズの箸はないので、横に濡れタオルを置いてお手拭代わりにしてもらい、手づかみで食べていただくことにする。
「あの…龍神の神子様の手がかりとかって、ないんでしょうか」
友雅が一息つけたタイミングをはかり、一口ハンバーグを口に運びながらが呟いた。
「…ふむ。そうだね……」
米粒を5つほどまとめて手にし、口に運ぶ。初めて口にしたのりたまの味に驚いたのか、一瞬目を見張っていたが、嫌いな味ではなかったらしい。そのまま飲み下してからペットボトルの蓋に手を伸ばし、ごくごくと茶を飲む。
(…かわいい、かも。)
そんな友雅の様子を見て、なんとはなしに微笑ましい気持ちになったが、そんな場合ではなかったとぶるぶる首を振る。
「実のところ、私もあまり詳しいことは知らないのだよ。なにしろわからないことが多すぎる。龍神の神子殿からこちらにきてくれれば話は早いのだがね…」
「うーん…難しいなあ…。」
あとで図書館に行って調べてみようかな、などと考えながら、卵焼きを飲み下す。最も、時空を超えるシステムがあるような世界の文献が、こんな高校の図書館にあるとも思えないが。
「…あ、予鈴。友雅さん、そろそろ戻らないと」
弁当箱をまとめて鞄に突っ込み、友雅を申し訳なさそうに見やる。
「…構わないよ。私のことは気にしないでいい」
「本当に…すみません……」
鞄の中身を可能な限り端に寄せてスペースを作り、そっと友雅を持ち上げる。
殿。学校と言うのは、知識を得るところなのだろう?私のことを気にかけて、殿の集中を削いでしまっているとしたら…それはとても、哀しいことだよ。だからどうか、気にしないでくれまいか」
そっと頬に手をあてて諭され、はしゅんとした。…本当に、全てを見透かされてしまっている。
「ありがとうございます、友雅さん。友雅さんにご心配をおかけしないためにも、授業頑張って受けますね!」
「ああ、そうしておくれ」
にこりと微笑まれる。…こんなに小さな存在でも、友雅はやはり大人だ。
えへへ、と照れたように笑っていると、不意に友雅の顔が強張った。…視線は、自分の後ろに注がれている。
「……友雅さん?どうし…………」

「…?お前、“それ”……なんだ?」

背後から聞こえた声に、背筋が凍った。
…振り返ることも、できない。
「……天真、くん、」

どこから見られた?聞かれた?知られた……?

嫌な汗が頬を伝うのを感じながら、はゆっくりと振り返った。



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