「…いや、これは、どうかなー」
「似合う!似合うよヒノエくん!やっぱりヒノエくんはなんでも似合うね」
「いやー……え、いや、ねえ神子姫、それ本気?本気なわけ?」
「うん、まるでヒノエくんのためにここで待ってたみたい」
「……、すっごい楽しそうに見えるのは俺の気のせいか?」
「うん!」
「……………そうか。」
ヒノエはそれ……ヒョウ柄のスパッツを手にしたまま、深く深くため息をついた。





だから、抱きしめさせて。






「買い物?」
「そう。今日一日、のんびりと。いいかな?」
昼を回った頃、不意にそう言ってがヒノエを誘いに来た。無意識にであろう、小首を傾げながら言われていいえと答えるはずもない。
「姫君の、仰せのままに。」
そう言って髪のひと房にそっと唇を落とせば、たちまち真っ赤になる。…本当に、俺の姫君はどうしてこんなに可愛いのだろうか。
「ゆっ…夕飯も、おいしいトコ、知ってるの。じゃ、行こ!」
(…へえ)
なかなか積極的なの誘いに、ヒノエは嬉しそうに笑みを浮かべた。これは素晴らしい一日になりそうじゃないか、と。


…だと、言うのに。
『ドキッ★ヒノエくんだらけのスパッツ祭』と意味不明なタイトルを掲げたに振り回され、なぜか自分のスパッツを選ぶ羽目になってしまった。買い物に行くというからには何か欲しいものがあったのだろうに、そんな素振りも見せない。…ただ外出したかっただけなのだろうか。
(言い訳してまで俺を誘って?…そんなことしたら、俺、本気になっちゃうよ?)
ヒョウ柄のスパッツを棚に戻し、くるりとの方へ振り向く。だが肝心の姫君の視線は、どこか違うところへ向けられていた。
「……?」
そう呼びかけると、ははっとしたようにこちらへ向き直った。
「あ、ごめん!なんでもないの。ねえねえ、じゃあこっちの柄は?」
「……桃色の水玉に青の縞模様?」
頬を引きつらせながら、ヒノエはの視線を追った。もしもその先に男がいようものならどうしてくれようかと、あまり穏やかではないことを考えつつ。
(…羽根飾り、か?)
雑貨屋と思しきそこには、様々なものが雑多に並べられていて。その中にぽつんと、髪飾りがあった。羽根を模したと思われるそれには、小さな飾りもついており、その色は。
「…ねえ。姫の髪色に、ぴったりだね?」
「え?」
青緑色に星を散らしたスパッツを手にしていたが、虚をつかれたように呆けた声を上げた。
「ほら、ね。コイツもの髪におさまりたがってる。待ってろ」
「ちょ、ヒノエくん!?私、そんなっ…」
「いいから。」
ヒノエを止めようと服の裾を掴んだの手を逆に掴み返し、そのまま口元へ持っていきそっと口付ける。
「っ、」
「…ねえ。俺がこうしたいからこうするんだ。それを止めるなんて無粋な真似、しないよな?」
そう言って片目を瞑ってやれば、なんだか申し訳ないほどにが赤くなった。ぷっと小さく吹き出すと、が文句を言う前に、それを会計へと持ってゆく。
(…本当に、可愛い姫君だな。)
さて、なんと言って渡そうか。素直に渡すだけじゃつまらないからね、と心の中に小さな悪戯を企てつつ、ヒノエはの元へと戻っていった。





「…だから、明日は絶対それはいてよね!」
「そうだね…明日で世界が終わるって言うんだったら、考えてもいいけどね」
「ヒノエくん!……あ、着いた」
が選んだスパッツ(茶色と青緑の縞模様にひよこ柄、という考案者の顔を見たい代物だ)を履くの履かないのと論議を重ねているうちに、がおすすめだという店に着いた。
「…俺がこういう心配するのも変だと思うんだけど、さ。、ここ……」
「だーいじょうぶ!さ、入ろ!」
(…本当に、大丈夫なのか……?)
見るからに高そうだ。「寿司」というのがあまり親しみやすいものじゃないことくらいはわかる。
「おっちゃん!久しぶり!」
「おー、ちゃんか!なんだなんだ、どうした?……おお!」
ヒノエを目にした大将が、にやりと笑みを浮かべる。
ちゃん、その兄ちゃんはまさか……」
「ちょっ!」
「こんにちは。こちらのさんとお付き合いさせて頂いているヒノエという者です。どうぞよろしくお願いします」
「へえ、礼儀正しい坊ちゃんじゃねえか!座れ座れ!」
(……うわあ)
にこにこと言ってのけたヒノエに、は頬を引きつらせた。こんなヒノエは見たことがない。正直なんだか怖かったが、へたにつっこむとなんだか取り返しがつかないことになりそうだったのでやめておいた。
「…ここ、親戚のお店なの。7割引きだから大丈夫だよ」
こそりとがヒノエに耳打ちする。なるほど、そういうことか。それならば大丈夫だろう。
「横綱の試合始まったぜ、親父!」
「お!よしきた!」
作りかけのネタに封をすると、店に備え付けられているテレビに釘付けになる。も身を乗り出した。
「いけ!そこだっ、踏ん張れ!」
「あーあーあーっ、こらこら!負けるなーっ!」
(…おいおい、こんなんありか?)
仕事をほっぽリ出してテレビ中継に釘付けの大将も、一緒に見ている愛しの姫君も。…どこかおかしい、と思うのだが、それは可笑しくもあって。
「…なんか、いいな。」
ぽつりと呟いたヒノエの言葉に、も振り返ってにこりと笑う。
「ね。」
…俺からしてみれば、がそうして笑ってくれているだけで十分なのだけれど。
そうして楽しそうな姫君を見られるのなら、どこへでもついてゆくよ。けれど、
「…最後は俺の元に帰って来てくれるね、愛しの神子姫。」
「きゃっ」
ぎゅ、と抱きしめると、そうしてまた可愛い声を上げるから。…俺はまた、君を抱きしめたくなるんだよ。



「ヒノエくん、お願いがあるんだけど。」
「なんだい?姫君の、仰せのままに。」
「あのスパッツ、明日はいてくれるよね?」
「……可愛くないことをいうのはこの口かな?」
「ん、」
…月明かりの下、重なった影の中での髪飾りが淡く光を放っていた。



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千尋姉とのラブ逢瀬記念。テーマはスパッツデート。お疲れ様でした。(笑)

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