だ い す き 。






「嫌いっ!!!」
「はいはい。姫君は手厳しいね」
そう言って、口元を軽く吊り上げクスリと笑う。かぁっ、と頬が染まるのを感じて、はばっと背を向けて駆け出した。…どうしようもなく。
(悔しい…!!)
からかわれている、自分は彼に。
普通の高校生として過ごしてきた自分にとって、ヒノエという人物は正直手に負えなさ過ぎた。出会い頭にいきなり「月の光でできているのかい?」はないと思う。少なくともは、今までそんな単語を日常的に使うような人物と関わりを持っていたことはない。…つまり、耐性がない。
「…なんで、」
はぁ、と息を切らし、は岩陰に腰を下ろした。…川面を撫でる風が、心地良い。
「なんで…好きになっちゃったんだろう」
ヒノエのあの言動は、天性のものだ。あまり真面目に授業を受けてこなかったので確証はないが、この時代は一夫多妻制だったような気がする。ヒノエはきっと、今までもああして幾多の女性を惑わせてきたのだろう。…自分と、同じように。
(…そう、今までも、)
これからも。
そう思うと、無性に悲しくて悔しくて、涙がじわりと浮かんできた。…艶があって低く響く甘い優しい声も、見かけからは想像もつかないような強い力で抱きしめてくれる腕も、ねこっ毛でやわらかな燃えるような真っ赤な髪も、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ、
「……私以外の人に、向けて欲しくないなんて。我がままだ…すごい嫌な子だな、私。」
だって私は、いつか帰るのだから。
それは彼も承知しているはずで、つまりは自分は、ただの退屈しのぎに選ばれただけなのだと。
「わかっては…いるよ?」
理解はできていても、感情が納得してくれない。そうだと割り切って、今更彼から心を離す事など出来ない。だからといって、好きです などと言って彼を困らせたくない。そう、私が好きなどと言ったら彼はきっと困ってしまう。彼に見合うだけの魅力を私は持ち合わせていない。けれど、この気持ちは本物だから、からかわれると悔しくて仕方がない。
「何を?」
「…………え?」
ふわりと、耳元にやわらかな髪の毛があたる。後ろから伸びてきた腕は、を強く抱きしめた。
「何を、わかっていると言うんだい?
「べっ、別に、なにも……」
ふい、と顔を逸らしたくても、後ろから抱きしめられていては逃れようがない。仕方なくうつむいていると、不意に視界がくるりと回転した。
「……ねえ、俺にも教えてよ。俺の可愛い姫君を悩ませているのは何ものなのか」
体を反転させられ、突然目の前にヒノエの顔が現れる。大きく深い、真紅の瞳に見つめられてはかぁっと一気に頬を朱に染めた。
「…なんで、ヒノエくんに、そんなこと…言わなきゃいけないの」
悪あがきを承知の上で、そう言って視線を逸らす。しかしヒノエはそれを許さず、の頬に手を添えて自分へと向き直らせた。
「なんで?…おかしいな。はそれを、知っているものだと思っていたけれど」
「え」
ぐい、と真っ向から抱きしめられる。…耳元に、微かにかすれたヒノエの声が響く。
「ねえ、俺はお前が好きだよ。…だから、お前を苦しませたり、悩ませたりするものがあったら言って欲しいんだ。…をそこまで悩ませるものに、嫉妬してしまうんだよ。」
ゆっくり、土に水が染み込むように、ヒノエの言葉が心に吸い込まれていく。…驚きで、自分の瞳が大きく開いていくのを感じる。
「…だって、ヒノエくんは、いつも私のことからかって、」
「全部本気だよ」
「…私、いつか、元の世界に、」
「帰るな」
強い意志を持って言われた言葉に、視界がにじんでいく。…何故かはわからない。わからないけれど、胸の奥が熱くて、瞳の奥も熱くて。
「…ねえ、私、ヒノエくんのこと、好きで、いても…」
「俺はが好きだよ」
返された言葉は、あたたかく優しく、どうしようもなく愛おしい言葉。…そう、何も恐れる必要などなかったのに。
「……あり、がとう。あのね、私ね、」


あなたのことが、大好きです。



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ムツ姉の10万打記念として書かせていただきました。おめでとうございましたっ☆

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