少し変わった毛色をもつ小鳥を愛でるのも、悪くはない。
…最初は本当に、そんな軽い気持ちだったというのに。



私のものに





「翡翠さん?どうかしたんですか?」
きょとん、と不思議そうな顔でこちらを見上げる少女に、ゆるゆると首を振って「なんでもないよ」と答える。
(…私にも、こんな感情があったなんてね。)
誰かを“想う”…自分がそんな感情を抱いていると知ったとき、誰よりも驚いたのは自分だった。

…「人」が、好きではなかった。

中途半端な優しさで傷を付け、付けられる。
そんな下らないやりとりを疎ましく思うならば、最初から干渉しなければいいだけのこと。

上辺だけで生きてゆくことの、どれだけ楽で易しいことか。そして、この世の全ては、ただ緩慢な時の流れの中、生きるに飽きないための暇つぶしにしか過ぎないと。「他人」もその内の一つだと。…そう、信じて疑わなかったのに。
「…風邪を、引いてしまうよ。神子殿」
心からそう思い、口にするなんて。…考え、られなかった。
そっと薄衣をかけられた少女は、ほんのり頬を染め、その薄衣の端をぎゅ、と握って視線を逸らした。…それが彼女なりの照れ隠しであるということはもはや承知だ。そうして暮れゆく夕日を池の畔で眺めているその姿は、京に住まう他の少女と何ら変わりはないのに。

(それでも君は……)

龍神の神子で。
小さな肩を懸命に張って、真っ向から立ち向かっていく様は痛々しいまでであり、

……そして、どうしようもなく、愛おしかった。

「…神子殿」
「はい?」
くるりとこちらを振り向くその瞬間に、強く強く抱きしめる。
「え?わっ…ひ、翡翠さんっ!?」
薄衣ごと抱きしめられた少女は、慌ててもがくも抜けられるはずもなく。悪戯に吐息を吹きかけると、暴れるのをやめて硬直してしまった。…自分の位置からは見えないが、きっと、愉快な一人百面相をしていることだろう。その様が目に浮かび、くつくつと笑いが漏れる。
「ひ、翡翠さんっ!何がおかし…」
「いや、なんでもないのだよ。ただ君が、あまりにも可愛いものだから」
「な…私、そんなこ」
くい、と顔を上げさせると、翡翠はそのまま深く深く口づけた。
…少女の口から、否定の言葉が紡がれる隙を与えずに。
「…んっ…ふ……ぁっ……」
真っ赤な顔で目をつぶっている少女の口を、ようやく解放してやる。
名残惜しそうに、つ…と銀の糸が二人を繋いだ。
「……っは、は…翡翠さんっ!!だからっ、いきなりこーゆーことはっ、」
「おやおや、よくさえずる小鳥だな。再び口を塞いでしまおうか?」
「………っ!!」
きゅ、と口を真一文字に結び、潤んだ瞳で見上げられて。
…これで無意識なのだから、本当にたちが悪い。
翡翠は再び強くきつく、少女を抱きしめた。苦しげな声が聞こえたが、それでも離す気にはなれなかった。
「…君が、雪でなくて良かった。この手で温めても、強く抱きしめても。…消えてしまうことは、ないからね。」
…かぁ、と赤くなっている様が手に取るようにわかる。 そう、くるくると表情を変える、愛らしい姫君。

「だから、もっと強く、ずっとこのまま…抱きしめさせてほしい。」

龍神の神子にこのような感情を抱くことは、冒涜になるかもしれない。

だが、それでも。
君を私のものにするためならば、私は神をも恐れはしないよ。

「覚悟はいいかな?…。」



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翡翠さん阿弥陀の「雫絵阿弥陀」に「私のものに」で参加させていただきました。唯一の小説参加で緊張しました…。参加させていただきありがとうございました!


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