放課後





「今日のオッススメ、なんだろな〜」
鼻歌を歌いながら廊下を歩いていると、自然頬が緩む。日替わりのオススメパンは、高校まで出張販売に来ているパン屋特製のものだ。昼に一定の量を、そして放課後にも一定の量を販売してくれるので、今から行っても十分手に入れることができる。
「こんにちは!日替わりパン、まだ余ってますか?」
ひょい、と顔を覗かせてが言うと、予想外に残念そうなおばちゃんの声が返ってきた。
「ごめんねぇ、今日は材料があまりなくて、さっき売り切れちゃったのよ」
「ええー!そんなぁ…」
久しぶりに買おうと思い立ったらこれである。…とはいえ、おばちゃんに罪はないのでここでどうこう言っても仕方がない。
「…また、来ますね。ありがとうございましたー」
ぺこり、と一礼してその場を去る。肩を落として廊下を歩いていると、不意に後ろから襟元をつかまれた。
「ぐえっ…」
きゅ、と首が絞まり、あまり可愛いとはいえない声を上げては軽く咳き込みながら振り返った。
「…あ、服部先生」
そこに立っていたのは、服部だった。いつもどこか楽しげな彼だが、何やら一際にこにこしていて機嫌が良いらしい。
「あの…何か良いことでもあったんですか?」
「んっふっふ、見とったでー。…オマエの望みはコレやな?」
そう言って服部が掲げた右手にあるのは…
「! 日替わりパンっ!」
ついさっき、自分が買い損ねたもの。わざわざそれを見せた服部を、が軽く睨むように言う。
「まさか…自慢するために追ってきたんですか?」
「ちゃうちゃう、そこまで意地悪なことせえへんて。半分やるで?オレ、他にも買うてるしな」
「え…ほ、本当ですか?」
我ながら意地汚いと思うが、胃袋が既にパンを迎える準備を始めてしまっている。ここは素直に、自分の欲求に従うことにしよう。
「とーぜんや。ほな、行こか。ついて来ぃや」
さっさと歩いていく服部に、は慌てて後を追った。てっきり、この場で分け与えてくれるものだとばかり思っていたのに。
「あの、どこへ…」
「んー?ちょっとお使い頼まれてな、それを渡しに行くんや」
そう行って、がさがさと袋から取り出したのはゼリー飲料だった。
(…?一体、誰が……)
「入るでー」
が考えているうちに、どうやら目的地に着いたらしい。コンコン、とノックした扉の上に書いてある教室名は……
「ああ…すまない」
「白馬先生!」
…そう、国語科準備室だった。今日体調不良で欠席したはずの白馬が、机に向かって何か書いているのが目に入る。
「具合、悪いんじゃないですか?何で…!」
「…服部くん、僕は内密にと言ったはずなんだけどね」
の存在を認めると、白馬はふぅ、とため息をついて前髪をかきあげた。湿っているように見えるのは、もしかしたら熱による発汗のせいかもしれない。
「成り行きや成り行き!旅は成り行き、世は道連れやで」
「…大分違うけど、まぁいいや。それより、買ってきてくれたかい?薬を飲むにも何か胃に入れなきゃいけないからね」
そう言って差し出した右手に、服部が先ほどのゼリー飲料をぽん、っと乗せる。
「まさか食べながら書いたりせえへんよな?」
左手にゼリー、右手にペンを持とうとしていた白馬に服部が先手を打つ。
「…わかったよ」
そう言って渋々ペンを置くと、チラリと服部へ視線を飛ばす。
「ほな、オレらも食べよか?」
「えっ?あ、はい…」
どうしたらいいかわからずに固まっていたに、服部が声をかける。
「白馬なー、今日中に提出せなあかん論文をまだ仕上げてなかったんや。ああ、白馬が悪いわけやないで、締切り間違うとった教授のせいや。…せやから、風邪でぶっ倒れても書かなあかんのやて」
パンを袋から出しながら、服部がに説明する。そうしてお目当てのパンを出すと、それをきっちり半分にしてに渡しながらこっそり耳打ちした。
「…プライド高い奴やから、自分がヘバってるとこを生徒には見られたないんやろ。けどなァ、オレ一人やと休憩とらせることもできひんのや。頼むで、
「あ……」
伏し目がちにゼリー飲料を飲んでいる白馬を見て、はようやく悟った。見られたくないとわかっているのなら、なぜわざわざ自分を白馬の元へ連れてきたのか。それもひとえに、白馬のためだったというわけか。
「あの、先生。今日、授業がどこまで進んだか、なんですけど…」
「ああ、そういえば国語科の中森先生に代理を頼んだんだけど。うまくやってくれたかな」
「え?」
中森、ということは、青子先生のことだろう。…だが、今日教室に来たのは。
「あの…黒羽先生が来たんですけど…」
ゲフゴフゲフッ!!
途端咳き込んだ白馬に、が慌てて背中をさする。
「せっ…先生!大丈夫ですか!?」
「くそ…黒羽くんは中森先生の幼馴染だ。何がしかの口八丁手八丁で誤魔化したな…いや、もしかしたらまだどこかで眠って…」
あまり穏やかとはいえないセリフを言いつつ、白馬が深呼吸をして呼吸を整える。
「っは…まぁ、いい。彼には今度、僕から厳しく言っておくよ。それで、授業自体はどうだった?」
「ええと、授業なんですけど……」





「相変わらずめちゃくちゃやな、黒羽は」
「中森先生だったらちゃんとやってくれたと思うんですけど…」
国語科準備室を後にして、服部が笑いながら言った。困ったように続けるの頭をぽんぽん、と叩いて言う。
「…ありがとな。白馬もいい息抜きになったやろ」
「そうでしょうか…」
頭を抱えていた白馬を思い出し、が疑問符を浮かべる。
「それがええんや。アイツにはそれくらいで」
服部に、にししと笑って言われても笑みを浮かべた。…ちょっとでも力になれたのなら、それでいい。
「あ、服部先生、パンおいしかったです!」
「気にせんでえーよ、また半分こしよな」
「あはは、今度は1個食べたいです」
「ひどいなー!」


はてさて、明日は丸ごと1個、食べられるだろうか。それはまた、別のお話…。



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