「あ、この前借りた本、返却日今日だったっけ…」 机の中から本を取り出し、小脇に抱えて教室を出る。今流行の若手小説家の新刊で、予約も来ていたはずだから返却を遅らせるわけにはいかない。 「あのー…」 「あ、返却ですか?」 「はい」 (佐藤先生、今日も綺麗だな…) 本を手渡し、返却作業をしている佐藤をこっそり見つめる。図書館によく来るは、この司書の佐藤美和子と仲が良かった。 「確認終了、っと。これ、どうだった?みんなおもしろいって言ってるんだけど」 「うーん…私としてはいまいちでした。いえ、普通に面白いんですけど、なんか期待はずれだったっていうか。でもまだ若いですし、次に期待…ってところですね」 「あら、私もそう思ったのよ。やっぱりちゃんとは意見が合って嬉しいわ」 そう言ってにっこり微笑まれると、もへにゃりと笑ってしまう。そこへ、不意に別の声が割って入った。 「あのー佐藤さん、この資料は…」 「ああ、それは3つ向こうの棚よ。1冊すっぽり抜けてるからわかると思うわ」 「た…高木先生!何やってるんですか?」 「いっ…」 に声をかけられ、高木が慌てた声を上げる。 「あ…あの、佐藤先生のお手伝いしてるんだよ。図書館は広いだろう?だから……」 しどろもどろと続ける高木を見て、は苦笑した。…相変わらず、この先生はどこでもこの調子らしい。 「ねぇ佐藤先生」 「ん?」 はこっそり佐藤の耳元にささやいた。 「高木先生のこと、あんまりいじめちゃだめですよ?早く受け止めてあげてくださいね」 「ちょっ。ちゃん!?」 途端に赤くなった佐藤に、が軽くウィンクする。 「え?え?さ…佐藤先生、どうかしたんですか?」 「お先に失礼しますね」 戸惑う高木を背に、は図書館を後にした。本当は次に読む本も借りたかったのだが、今日は見送ることにしよう。 (高木先生はあんなだし、佐藤先生も素直じゃないからなぁ。進展は難しそう…) まぁ私がどうこう口を出す問題じゃないけれど、などと思いながら、廊下を曲がろうとした時だった。 「わっ」 「えっ」 同時にお互い、廊下を曲がろうとしたせいだろう。向こうからやってきた誰かと、見事にぶつかってしまった。 「った…あ、白鳥先生」 「ん?ああ…くんか」 向こうからやってきたのは、音楽教師の白鳥だった。ばらまかれた譜面を集めて渡しながら、が不思議そうに聞く。 「先生…どちらへ?」 ここから先には、図書館しかない。音楽室に部屋のある白鳥がなぜ…と思って聞いたのだが、白鳥は「あ、いや、ちょっとね」と答えるだけでそそくさと行ってしまった。 (まさか…) 図書館に向かう白鳥の後ろ姿を見送って、は眉をひそめた。 「なんか…今の図書館にだけは行きたくないな…」 どうにも、嵐の予感がする。 明日の朝一番に本を借りに来よう、と思いながらその場を立ち去る。だがこの後、結局は一旦図書館へ戻る羽目になるのだが…それはまた、別のお話。 ---------------------------------------------------------------- BACK |