放課後





「あれ?、もう帰るの?もう少し待っててくれたら、一緒に帰れるのに」
「あ、うん…なんか疲れちゃって。ごめん、先帰るね」
残念そうに言った友人に手を振って、ゆっくりと昇降口へと向かう。まだ賑やかな校舎を後にして校門を出ると、一旦大きく伸びをした。
(つ…っかれたー!今日は早めに寝たほうが良いかも…あ、だめだ)
明日が締切のレポートを思い出し、早く寝る案を却下する。とはいえ、どうにも疲弊しきったこの脳では、満足できるような内容のものが書けるとは思えない。
(一旦昼寝して、それから書こうかな)
あくびをかみ殺しながらそんなことを考えて歩いていると、不意に今日の松田の言葉が頭をよぎった。
(『お堅いな』)
「…私だって、昼寝くらいしますよ」
む、とした表情で小さく呟き、もう一度あくびをしようとしたときだった。
「ほー、そいつは初耳だな。委員長もサボるのか」
「!?」
唐突に後ろで聞こえた声に、が弾かれたように振り返る。…そこには、今まさに思い浮かべていた松田が立っていた。相変わらず煙草をくわえているが、まだ火は点いていない。
「…授業中には、しませんよ?」
軽く睨みつけるように言うと、松田が唇の端を軽く上げて笑った。
「あぁ、わかってるよ。…でもまぁ、えらく疲れてるみたいだからな。駅まで乗ってくか?」
「乗ってくか…って…」
一体何に、と言いかけたの目の前に、一台の車がキッと音を立てて止まる。
「俺の車に。初乗り1万円だけどOK?」
「…萩原先生」
唐突に目の前に現れた萩原に、は目を見張った。
「聞けば、松田がよく世話になってるらしいな。そのお礼も兼ねて、どうだ?」
運転席から腕を出して言う萩原に、が戸惑ったように松田を見上げる。
「…気にすんなよ。運転手がいいって言ってんだから、乗ってきゃいいじゃねーか」
そう言うと、松田は煙草に火をつけた。…どうやら、それが何かの合図だったらしい。
「そうと決まりゃ乗った乗った!おい松田、ドア開けてやれよ」
「ああ」
「え?あ、ええっ?」
バタンッ。
…誘拐よろしく、はあっという間に車に乗せられてその場を後にした。





「あのー…本当に良かったんですか?私なんかが…」
「おいおい、俺とお前の仲だろ?」
「化学の先生と生徒以上でも以下でもありませんが」
「キビシーなぁ」
おかしそうに笑う萩原がルームミラーに映り、ももう何とも言えなかった。助手席に座っている松田の表情は見えない。…が、ゆるゆると車の窓から流れ行く煙は、どこか穏やかだった。
「委員長」
「あ、はい!」
FMラジオの狭間から聞こえた松田の声に、が慌てて返事をする。
「…して、ねーか」
「え…?」
ざざざっ、と入った雑音で声が聞き取れず、が聞き返す。
「だから……あー、もうなんでもねーよ。気にするな」
「ちょっ、気になるじゃないですか!教えてくださいよ松田先生!」
「気にするなって言ってんだからほっとけ」
「あっはっはっはっは、どもるくらいなら最初から言うなよ」
大笑いしていった萩原の横腹を、松田が無言でどつく。
「ってぇ!!」
「…お前もうるさいんだよ」
ぎゃあぎゃあやり始めた二人を見ている内に、は妙におかしくなって笑ってしまった。
「お、委員長が笑ってるよ」
「あ?」
「だって…ふふっ、お二人って、仲がいいんですね」
先ほどまでの疲れも、どこかへ飛んでしまった。この調子なら、昼寝なしでもいいレポートが書けそうだ。駅が見え、萩原が道路脇へと車を寄せる。
「あの、本当にありがとうございました!」
そう言ってが車を降りようとすると、萩原が運転席から身を乗り出して言った。
「…あんまり、無理すんなよ」
「え?…あ、はい…」
きょとん、としているににっと笑いかけると、萩原はの右手に飴を握らせた。
「じゃーな」
「あ…ありがとうございましたっ!先生たちもお気をつけてー!」
ぶんぶん手を振るを背に走り出すと、松田が不機嫌そうにぼそりと呟いた。
「…お前、俺に喧嘩売ってんのか?」
「えー?別に。ただ、弱気な松田クンに代わって俺が言ってあげただけ」
「…好きにしろよ」
窓の外を流れ行く煙を目で追いながら、松田がため息混じりに言う。

松田はこの後もまた、萩原にいいところをもっていかれることになるのだが…それはまた、別のお話。



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