放課後





(疲れたー…軽く寝てから帰ろう…)
そのまま机に突っ伏すと、は目を瞑った。このままでは、駅に着くまでに道路脇で眠ってしまいかねない。
ー!私たちもう帰るよー?おいてくぞー」
「ん…先帰って、もう少し寝てから帰る…」
そう答えたのは、夢か現か。深い深い眠りの淵で、は自分の体が抱き上げられたことにも気付かなかった。





「……ん」
エタノールの匂いが鼻につく。ゆっくりと目を開けながら、はなんとなくデジャブめいたものを感じていた。
(あ…保健室…)
昼間も、こうして保健室のベッドで目覚めたのだ。
無意識に“昼間も”と考えてから、慌てて時計を見る。どうやって保健室まで来たのかは定かではないが、かなり寝込んでしまったのだろうことは、窓の外が真っ暗なことでわかる。
「…もう、8時近いな」
「! く、ろば…先生」
真横から声が唐突に聞こえ、は一瞬言葉に詰まった。暗がりで、そこに黒羽がいることを認識できなかったのだ。…よく見れば、この暗闇の中で、白衣は随分と浮いて見えた。…なぜだろう、それはとても不自然で、どこか妙な印象を抱いた。
「あの…何で、起こしてくださらなかったんですか?もう下校時刻は過ぎていますし…それと、私、教室で寝てたはずなんですけど、なんで保健室にいるんでしょうか」
疑念、そして疑問。それを待っていたかのように、黒羽が口を開く。
「教室で寝てたら、風邪引くだろ?…だから、ここまで連れてきたんだよ。今まで起こさなかったのは…そうだな、なんでだと思う?」
「……っ、」
どうやって連れてきたのか。なんで起こさなかったのか。疑問はぐるぐる回って出口を探すが、より深い迷路に迷い込むだけで答えは出ない。…アリアドネの糸すらも、見えない。
「わかりません…。あの、私、今日はこれで」
迷路から出るのを諦め、はベッドから降りようと淵に手をかけた。
「だめだよ。答えが出るまでは、帰さない」
その行く手をさえぎるように、黒羽がの前に立つ。
「え…?」
今のセリフ、以前、どこかで聞いたことがある。
(『だめだ。答えが出るまでは帰さないから、よく考えろ』)
「! …あの、もしかして、工藤先生じゃないですか?黒羽先生じゃなくて…!」
そう、以前補講授業をした時。できるまでは帰ってはいけないという厳しい命を出した時の工藤先生と、今の黒羽先生。には、似ているという言葉で片付けることはできなかった。
「…なんだ、もうバレちまったのか?つまんねーなぁ」
「え?」
今、どこから声が聞こえた…?
「オメーの演技力じゃだめだめ、ってことだよ」
「…うるせーな。別にオレは役者になるつもりはねーよ」
ごそごそ、と音を立てながら、黒羽がなんとの寝ていたベッドの下から出てきた。
「な…!?なにやってるんですか!えーと…黒羽、先生?」
疑問符をつけるも、なんとはなしに確証があった。今出てきた方が、黒羽快斗。先ほどまで自分の前にいたのは、工藤新一だ。、
「んー?大人のゲーム。景品はー…」
そう言って、の頭をぽんぽんと叩く。
「…ま、いっか。本当はコレ、ゲームなんて甘いもんじゃないしね」
「? …?あの、よく話が見えないんですけど…」
「ああ、悪いな。…こっちにも色々事情があって、カケてたんだ。この格好で、オメーにオレが工藤新一だと見抜かれたら、オレの負け。…で、これから先なんだが…」
何だか嫌な予感がする。事情は読めないが、どうもこの展開だと…
「あの、保健室に入ったら工藤先生がいるとか、英語の授業が黒羽先生だとか、…そんなの、ないですよね?」
「察しが良いな」
にっと笑って言われ、はめまいを覚えた。…この人たち、一体何やってるんだろう!
「何のために!」
「んー?…眠り姫に、キスをする権利を得るためさ。まさか殴り合って勝敗を決めるわけにもいかないだろ?」
「眠り…?」
やっぱりわけがわからない。そんなを黒羽はひょい、と抱え上げた。
「わわわっ!」
「これくらいは、勝者の特権だろ?工藤センセ?」
保健室の出口でそう言った黒羽に、部屋の真ん中にたたずんでいた工藤がゆっくりと答える。
「…今日、だけはな」
「うし!さて、マイカーで帰ろうかちゃん?」
ちゃん!?ちょっ…なんなんですかー!!」
人のいない廊下にこだまする声を聞きながら、工藤はゆっくりと椅子を引いて座った。
(…気付いているんだろうな、あいつは。オレがわざと負けたと)
気付いて欲しかった、…勝負を忘れて、あの一瞬、そう思ってしまったのだ。そして自分の、「工藤新一」を出すことで賭けに出た。…気付くか、気付かないか?
「…試合に負けて、勝負に勝ったってところか?なぁ、黒羽」
(なにが、勝者の特権だ)
荒れ狂う胸のうちを、必死に押し隠す。あいつはあそこで自分を出すことで、の気を引いた。…ルールには入れていなかったのに!
「…ああ、そうか。あの条件を提示したのは、オレだったな」
「?…黒羽先生、何か言いましたか?」
「いや、気にすんな」

『All's fair in love and war.』

…さぁ、明日はどんな風に仕掛けようか?ルール無用の、戦争を。




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