「ねえソフィー、知ってるかい?今日はね、世間では夫婦が仲睦まじくする日らしいよ」
「…ハウル、意味が分からないわ。どういうこと?」
「僕の奥さんは世界一可愛い!って世間に知らしめる日さ」
「さっきと言っていることが違うわ」
せっせと洗いものをしている様を頬杖をついて眺めながら、嘆息する。
…綺麗に着飾って、何もしなくたっていいのに。
自分には、ソフィーがそうして暮らすことが出来るだけの力があるのに。
(それを当の本人が望まないのだから、仕方ないけれど)
人の幸せと言うのは形が色々で、ひとつの器に収まるものではない。それは、目の前にいる愛しい奥さんが教えてくれたことだけれど。
幸せな日常が当たり前のようにある、…“当たり前”であることが幸せな日常。
探し当てた彼女は本当に可愛くて、できることなら四六時中抱きしめていたいし、自分の目の届くところにいてほしいと思う。魔法を使えばそれもまた可能なのだろうけれど、…やはりそれも、彼女の望むところではないから。
…時々、自分の一方的な想いで彼女を縛り付けているだけじゃないのか、彼女はそんな風に自分を想ってくれていないのではないか。そんな不安で、押しつぶされそうになる。

「ソフィー、愛してるよ」

ぽつり、と。
不意に口からこぼれた言葉は、いつだって本心。
世界で一番愛してる。世界で一番抱きしめたい。世界で一番愛おしい。世界で一番、
「…急にどうしたの?」
振り返り、きょとんとした表情のまま手を拭いて答える。それすら愛おしく、見つめたままで黙っていると、ソフィーがそっとハウルの元へやってきて耳元で囁いた。

「私もよ、ハウル。愛してるわ」

そうしてぱっと離れ、くるりと振り返って、自分に向けられた笑顔は。
「……………っ!!!」
下を向きかけていた心が、一瞬にして急浮上する。
世界で一番、……世界で一番、優しい笑顔で。
「ソフィー、予定変更だ。今日は家事をする日だと言っていたけれど、やっぱり今日は僕の奥さんを自慢する日にしよう」
「え、ちょ、ハウル!?」
「マルクル!僕らはちょっと出かけてくるから、留守番を頼んだよ」
家の中のどこかにいるであろうと見当をつけて声を出してみたら、案の定どこからか「おばあちゃんとヒンは任せて!」と声が返ってきた。これなら大丈夫だろう。
背中に羽根でも生えているかのように飛び出していったハウルを見送り、カルシファーが薪を手に取りつつため息をついた。
「さっきまでしょぼくれてやがったくせに、一瞬でアレかよ。ケッ、いい顔してやがる」

…君の笑顔さえあれば、僕はどこまでだっていけるし、なんだってできるんだ。
ねえ、ソフィー。まったく、君には。




君には一生敵わないのだろうと、

  喜びによく似た諦めで、

         笑ってしまった





----------------------------------------------------------------
BACK