街角に兵士が立っていることに、抵抗を覚えたことはある。 けれど、具体的に何か行動を起こしたかといえば、したことはない。 何を言われるか、されるかわかったものではないし、そこまで行動しようと思うほどの何かを持っていたわけではない。 凱旋する船、新聞に一喜一憂する人々、街に流れる軍歌。 それらはもう日常の一部になっていて、それに何か異議を唱えるなど、思いつきすらしなかったのかもしれない。なんだかんだいって、自分もまた、マジョリティに埋もれてその一部になっていたのだ。 マジョリティに抗する程の 勇気もなかった自分 (……ねえ、ハウル。) 横に眠る彼の、宵闇色の髪をそっと梳く。 それがくすぐったかったのか、かすかに声を漏らすが、目覚める気配はない。珍しく花摘みを一生懸命に手伝ってくれたから、疲れているのだろう。 (あなたは、違ったわね) ひとり、巨大な艦に幾度も戦いを挑んでいった。 その代償が小さくはないことも知っていながら、屈することなく、戦い続けたひと。 マイノリティなハウルの傍には、いつもカルシファーがいてくれた。それはきっと、大きな心の支えだったことだろう。…今もこの城を動かし続けてくれている彼は、自分にとってもかけがえのない家族だ。 「ハウルは、とても勇気がある魔法使いだわ……」 ぽつり、呟くと、そっと微笑む。 今が穏やかなのは、あの激動の日々があったからこそだ。忘れたことはない。 「……そうかな、僕は…」 「え?」 眠っているとばかり思っていた横顔が、不意にこちらを向き、藍の瞳がソフィーを捉えた。伸ばされた腕にぎゅ、と強く抱きしめられ、ソフィーは驚いて声を上げる。 「ハウル、眠ってたんじゃなかったの?」 「眠ってたよ。君の声が聞こえたから、起きたんだ」 「ハウルったら…」 迂闊な独り言は言えないわね、なんて笑いながら言うと、ハウルが笑いながら「それはそれで聞いてみたいけどね」などと返してくる。 「…僕はね、ソフィー」 優しい声音でそう呟くと、すっとソフィーの前髪をかきあげ、そこへキスを落とす。 「……ハウ、ル?」 「そんな僕を好きになってくれた…ソフィーこそ、とても勇気があると思うんだ」 「え…」 「…弱虫な魔法使いに魔法をかけてくれたのは、君だ」 守りたいと、心の底から強く想った。そしてそれは、自分にとっての最大の強さとなったのだ。 (それなのに、勇気をくれたのは君なのに) …そんな君が、僕に「勇気がある」といってくれるなんて、思いもよらなかったよ。 「ねえ…ハウル」 「うん」 もぞ、と身じろぎして、ソフィーがハウルの瞳を覗き込む。 「二人一緒って、強いわよね?」 互いが互いに、勇気を与えられる存在。 向かうところ敵なし、なんて言葉は、自分たちのためにあるんじゃないかな、なんて思ってみるけれど、口に出したらなんだか怒られそうだからやめておいた。 「…うん、そうだね、ソフィー。」 君が勇気をくれたから、今の僕が在る。 …今の君が在るのは、僕が居たからだと。 マジョリティに抗して、僕の元へ来てくれたのは誰あろう、君だったのだから。 …ほんの少し、自惚れても良いだろうか。 ---------------------------------------------------------------- BACK |