夜空に星が瞬いて





「…でね、そこを内側に折り込むの」
「えーっと…こう?」
「違う違う、それじゃあ逆よ」
「不器用だねえ」
「うぬぬぬぬっ…!」
ソフィーと荒地の魔女が笑うと、マルクルはぷぅと頬を膨らませた。再び一枚の紙相手に悪戦苦闘していると、階段の上から寝ぼけ眼のハウルが降りてきた。ちなみに時刻はお昼を回っている。
「ふぁー…。おはよう、ソフィー。…何してるんだい?」
のしっ、とソフィーの背中に抱きつきながら不思議そうに聞いたハウルに、ソフィーが振り向きながら答えた。
「おはよう、ハウル。今ね、紙飛行機を作ってるの。ハウルも一緒に作る?」
言って、やや茶けた紙を一枚、ハウルに渡す。
「カミヒコーキ?…って、何?」
「知らないと思った」
言ってくすくす笑うソフィーに、むっと軽く頬を膨らませる。
「…笑うことないじゃないか」
「ごめんごめん。あのね、紙飛行機っていうのは…」
そこまで言うと、ソフィーはマルクルの横に置いてある完成品を手に取り、勢いをつけてそれをひゅっと飛ばした。すると、ゆったりとしたスピードながらも反対側の壁へとまっすぐに飛んでいき、やがて壁に当たって落下した。外で飛ばしていたら、飛距離はもっと伸びただろう。
「うまいもんだねえ」
「ソフィーすごい!」
ぺちぺちと起こった拍手に、照れくさそうに笑って応える。
「…こうやって遊ぶものよ」
「ふーん…?」
落下した紙飛行機を拾い上げ、それをソフィーと同じように構えて反対側の壁をめがけて飛ばす。
ぺそっ。
…が、それは一瞬で落下した。
「……。」
無言でそれを拾い上げ、再び構えて飛ばす。
ぺそっ。
「………。」
三度同じことを繰り返そうとしたハウルを、ソフィーは肩を震わせながら止めた。
「ハ…ハウル、飛ばし方にもコツがあるのよ。まずは作るところから始めましょ?ね?」
「…うん」
憮然とした表情は崩さぬまま、ハウルもマルクルの横の椅子に腰掛けた。







「できた!ソフィー、できたよ!ほら!」
「ハウル…今何時だと思ってるの…?」
「え?」
ハウルが起きた時には天上にあった太陽が、今は地平線の下へ身を潜めている。月はないが、代わりに数え切れないほど多くの星が瞬いていた。たったひとつの紙飛行機を作るのに、それだけの時間を要したのだ。
山のように積み上がった紙飛行機のなり損ないを踏みつつ、ハウルがソフィーの元へやってきて聞いた。
「ソフィー、他のみんなは?」
「…とっくに寝たわよ」
カルシファーにぽいぽいとなり損ないを放り投げながら、呆れ声でソフィーが答えた。
「なーんだ。せっかく連れていってやろうと思ったのに…」
満足そうに紙飛行機を構えては眺め、構えては眺めを繰り返しながらそう言ったハウルに、「どこへ?」と聞こうとした瞬間。
ふわり、と体が宙を舞っていた。
「きゃっ!」
慣れた感覚とはいえ、唐突に訪れるとやはり驚いてしまう。そんなソフィーの手を取り、ハウルは笑顔で言った。
「僕の飛行機に乗って、夜空の散歩にさ。ただ飛ぶのもいいけど、たまにはこんなのもいいだろう?」
驚いて足元を見やると、自分たちが巨大化した紙飛行機に乗っているのだと気づいた。それに乗って空を飛んでいるのだ。
「…ハウルって規模が大きいわね」
「そうかな?」
ソフィーがバランスを崩さないように手を取りながら、面白そうにそう返す。闇色の中、街の灯りが眼下に広がり、空には無数の星が煌めいている。まるで宝石の合間を飛んでいるみたいだ。
「ハウル、すごく綺麗」
「僕が?何を今更」
「あのねぇ…そうじゃなくて、灯りと星が…」
そこまで言いかけて、ソフィーはふとハウルを見上げた。すぐに闇色の、紺碧色の髪が目に入る。
「…ねぇ、ハウル」
「ん?」
そっ、とハウルの髪に触れたソフィーの手に自分の手を重ねながら、「どうかした?」と促す。
「…今でも、この髪の色は嫌い?」
「…え?」
眉を下げ、どこか悲しげな瞳でそう問われ、ハウルは目を見開いた。そういえばこの髪色になった時、随分派手に取り乱したような気がする。…それを、今でも気にしていたのか。
「何を言うのかと思ったら…」
ぐ、と力を込めてソフィーの手を握り、自分のほうへ引き寄せてからもう片方の手でソフィーの髪を梳く。もの言いたげな瞳を真正面から受け止めると、ハウルはやわらかく微笑んで言った。
「とても気に入っているよ。嫌いだなんてとんでもない」
それでも不安げなソフィーの前髪をかきあげ、額に軽くキスをして続ける。
「だって、僕が夜の闇で、ソフィーは星の光だろう?二人にぴったりの色だと思うな」
それを聞くと、今度はソフィーが目を見開いた。二、三度軽く瞬きをすると、やがてみるみる内に笑顔になっていった。
「…っ、ハウル…!」
ぎゅっ、と抱きついてきたソフィーを、優しく抱きとめる。そのままそっと耳元に口を寄せ、小さく囁いた。星にだって聞こえないように、ソフィーにしか届かないように。
「…大好きだよ、ソフィー」
それに応え、ソフィーも軽く背伸びをしてハウルの耳元に囁く。
「私も大好きよ、ハウル」
…二人を乗せた紙飛行機は、星の光に照らされながら夜空をどこまでもどこまでも飛んでいった。




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