世界の約束





「…とりあえず、城を再構築することから始めなきゃいけないな」
「ええ…そう、ね」
カルシファーを暖炉から取り出したことで城は崩壊し、その後もあれやこれやとやったせいで、今や城は見る影もなかった。これでは野宿になってしまう。
「ねぇマルクル、マルクルはどんな城がいい?」
身を屈めて聞いたソフィーに、マルクルは指を顎に当てて考え込んだ。
「えっとねー…ヒンと遊びたいから、そういう場所が欲しいなぁ」
そのマルクルの言葉に、ソフィーも笑顔で頷いて言った。
「そうね。私も息を抜ける場所が欲しいから、小さな庭みたいなものがあったらいいわね」
横にあった紙とペンを手に取ると、さらさらと書き込んでゆく。
「おばあちゃんの部屋は…階段とかつらいから、一階がいいわよね」
「そうしてもらえると有り難いねぇ」
のんびりと、膝に乗せたヒンを撫でながら答える。ヒンはといえば、気持ちよさそうに目を閉じている。
「マルクルは?」
「僕も一階がいいな」
ヒンも階段を上れないのは実証済みだ。ヒンと頻繁に遊びたいなら、その考えは賢明だろう。
「じゃあ私も一階がいいかな…そのほうが色々便利そうだし。そうなるとハウルだけ二階になるわね。ねぇ、ハウルはどう思う?これでいい?」
そう言って目線を上げれば、なにやら難しい顔をして考え込んでいた。珍しく、眉間の間に皺など寄せている。先ほどから一言も発していないのが気になっていたのだが、どうやらかなり真剣らしい。
「……ハウル?どうかしたの?」
おそるおそるソフィーが問いかけると、ハウルは真剣な表情を崩さないままに言った。
「…ソフィー、なんで僕と君が同じ部屋じゃないんだい?」
「……………は、い?」
言葉の意味を計りかね、ソフィーが目を点にして問い返す。マルクルも同様らしく、素直に問いを口にした。
「ねぇおばあちゃん、今のハウルさんの…」
「はいはい、あたしらはちょっくら向こうに行っていようかね」
マルクルの背を押し、何やら微笑を浮かべながら立ち去った荒地の魔女の背を、ソフィーは呆気にとられながら見送った。…なんだと言うんだ?
「ねえソフィー、おかしいだろう?」
「だから、何が…」
ソフィーの持っていた紙をぱっと取り上げると、とんとん、とソフィーの部屋を指して言う。
「なんで別々に部屋を作る必要があるんだい?僕らはいつも一緒なんだから、部屋は二階に一つでいいじゃないか。僕とソフィーの部屋。ね?」
「は……?ね、って…」
にっこり笑って言い切ったハウルに、ソフィーはひくりと頬をひきつらせて硬直した。だが、このまま絶句していたら強行されかねない。ハウルの手にあった設計図を再び奪い取ると、「ハウル用(一人部屋)」と二階部分に付け足した。
「えー!何か不満があるの?いいじゃないか、同じ部屋で!」
ぶうぶうと文句を言うハウルにびしっと指を突きつけると、ソフィーも負けじと言い返した。
「大ありよ!あのね、人は喧嘩だってするし、一人がいいときだってあるのよ。だから、一人部屋は必要なの。わかった?」
「えー…」
眉を八の字にして不満をあらわすハウルにも、ソフィーは頑なな態度を崩さなかった。ここで引いたら負けだ。
「じゃあ、寝るときは一緒に寝よう。僕がソフィーの部屋に行ってもいいし、ソフィーが僕の部屋に来てもいいよね」
にっこぉ、と効果音のつきそうな笑顔で、しかも眼前に迫られながら言われ、ソフィーは再び硬直した。
「あの、ね、ハウ…ル…」
「それに」
ふいに真面目な顔になると、ハウルはそっとソフィーの耳元で囁いた。
「…子供も、早く欲しいしね?」
「…っ!!」
かっ、と頬を紅潮させたソフィーを見て、ハウルはくすくすと笑いをもらした。
「ソフィーは本当に可愛いな」
「ちょっ…あのね、ハウル!」
ソフィーが我に返ったときには、設計図はハウルの手に渡っていた。ソフィーが取り返そうと手を伸ばすと、その分腕を高く掲げられ、どうにも分が悪い。ソフィーが頬を膨らませ、躍起になって飛び上がると、ハウルはそのままひょいと抱き上げた。
「きゃっ!」
「じゃあこうしよう。二階に二人の部屋を並べて作るんだ。これでいいだろう?」
「〜〜まぁ、それなら…」
このままでは平行線で、話が進まない。仕方なくソフィーが妥協すると、ハウルはにっこり笑って言った。
「いい子だ」
「……あのねぇ、ハウル……」
再び真っ赤になったソフィーを地面に下ろすと、ハウルは腕まくりをして言った。
「さて、と…じゃあ、城を作ろうか。ソフィーとハウルの城を」
言ったハウルに、ソフィーは目線でヒン、マルクル、荒地の魔女、そして中空を飛び回っているカルシファーがいる方を示した。
「…訂正」
それを受け、ハウルは軽くウィンクをして続けた。
「みんなの城、だね」







「ついでに飛べるようにしてみたよ」
「すごいじゃない!」
「みんなの城」は後ろに付けられた不格好なプロペラを懸命に動かしつつ、雲の峰に見え隠れしながら空を飛んでいた。
新たに作られた小さなバルコニーに、ソフィーはハウルと並んで立ちながら、真っ白な帽子を押さえていた。マルクルたちは、やはり新たに作られた庭に早速出向いている。
「…ソフィー、僕、今すごく幸せだ」
「私もよ、ハウル」
言って、ソフィーが笑顔で振り向くと、同じく笑みを浮かべたハウルと目が合った。そのままどちらからともなく顔を近付けると、ふんわりと優しいキスをした。
「好きだよ、ソフィー」
「……私も、」
銀の髪を、星の光の髪を風になびかせながら、ソフィーは微笑んで言った。
「愛してるわ、ハウル」


             生きる楽しさ、愛する歓び。

              それが、世界の約束。




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