trick or treat!





「ハウル起きて!今日ばっかりは寝坊は許さないわよ!…っていっても、もうお昼を回ってるんだから!」
ばさぁっ、と遠慮なく(そりゃもう躊躇いなく)暖かな毛布をひっぺがしたソフィーに、ハウルが抗議の声を上げた。
「ソフィー、何をするんだ!今まさに僕は、夢の中で…」
がばっ、と身を起こしたハウルの目の前に、ソフィーが無言でカレンダーを突き出す。
「? ……あ!」
「分かった?」
印を付けられた日にちを見て、ハウルが声を上げる。それを確認すると、ソフィーが満面の笑みで言った。
「そう…今日はハロウィンパーティーよ!」





「ソフィー、僕ヒンと花を摘んでくるよ!」
「ありがとう、マルクル」
ぱたぱたと足下を駆けていく二人(正確には一人と一匹か)を見送った後、ソフィーはぐっと腕まくりをして言った。
「さぁ…私はご馳走を作らないと!」
パンプキンパイは欠かせない。でもまぁ食後に食べるものだから、作るのはもう少し後でいいだろう。パイだけではカボチャが余ってしまうから、スープも作ろうか…あれは皮をむいて種をくり出す作業が大変だが、今日くらいは頑張ってもいいだろう…
「煮付けもほしいねえ」
「あら、おばあちゃん」
のんびりと車椅子を回しながらやってきた荒地の魔女に、ソフィーが声をかける。どうやら、カボチャのことを言っているらしい。
「勿論いいわよ。でもそれだと、本当にカボチャばかりになってしまうから…何かほかにも作らないとね」
さてどうしたものか。
できれば買出しには行かず、家にあるもので済ませたいが…冷蔵庫の中身をさらってみるも、余り期待はできそうになかった。
「仕方ないわね。お肉とか野菜とか、ちょっと買いに行ってくるわ」
ばさりとエプロンを外すと、入口脇にかけてある帽子を手にとってドアノブを回す。途端に賑やかな空気に包まれ、街全体がハロウィンを楽しんでいることを感じさせた。
(ええと…お肉はトリのほうがいいかしら。形的に見栄えもいいしね。あとは野菜と、魚…は、マルクルが嫌がるから今夜はパスして。果物も何か見ていこうかしら…)
思いつくままにぽんぽんと買い込んでから、ソフィーははたと気付いて自分の両手を見た。
さて困った、肝心のお肉を買っていないのに両手がふさがってしまった。
「…一旦、お城に戻るしかないわね」
がっくりとうな垂れて、よいしょと持ち直そうとしたとき、ふいに重みがなくなった。
「え?」
「ソフィー、買い物に行くなら行くと言ってくれよ。僕も付き合うのに」
「……ハウル」
後ろから聞こえた声に、首を持ち上げ見上げると、ハウルの綺麗な黒髪が鼻の頭をくすぐった。
「こんな重いもの、ソフィーに持たせるわけにはいかないな」
ソフィーが両手で抱えていた袋を、ひょい、と片手で軽々と持ち上げたハウルを見て妙に照れくさくなり、ふいとそっぽを向いて言い返す。
「よく言うわね。私が起こさなかったら、まだぐうぐう寝ていた人が」
「あはは、確かにね。でも起こしてくれたじゃないか。だからこうしてソフィーの役に立てる」
「…もう。」
照れ隠しを見抜かれ、さらりと流されてしまったことが悔しい。これ以上何を言っても叶わないだろうことは目に見えていた。
「あと一軒、付き合ってね」
帽子を軽く押さえながら言ったソフィーに、ハウルは微笑みながら言った。
「ソフィーとなら、2軒でも3軒でも」
…ああ、もう。
こんな馬鹿なことを言う人のことを、こんなにも愛おしいと思ってしまう私は。
やっぱり、馬鹿なのかもしれない。






「さて、料理はこんなもんかしら」
ずらりとテーブルの上に並んだ料理を見て、満足そうに言う。
買出しに行ったおかげで、思っていた以上に豪勢な晩餐を作ることができた。あとは食後にパンプキンパイと、マルクル用に買ったお菓子を出せば完璧だ。
「でも、料理に夢中で装飾のことをすっかり忘れてたわ。今からでも頑張らないと!」
そう言って、腕まくりをした瞬間だった。
「ソフィーっ!!」
気合いを入れた途端に名を呼ばれ、ソフィーは軽くコケた。全く、なんてタイミングだろう!
「…何?ハウル」
げんなりした表情で、声がした方へ…窓から外へ身を乗り出して言う。ここで無視して、拗ねられたら面倒だ。
「ちょっと見に来てくれないかな」
料理に夢中で気付かなかったが、外はすっかり夜になっていた。街の明かりがチカチカと瞬いていて、まるで星のようだ。皆、ハロウィン用の装飾を玄関や街路樹につけているのだろう。
「駄目よ。今忙し…きゃっ!」
ハウルがちょいちょいと手招きすると、ソフィーの体がふわりと浮いて中空を歩きだした。意思と関係なしに足が進んでしまっては、抵抗するも何もない。
「…っと!大丈夫かい、ソフィー?」
ふぅわりと、風を抱くかのようにソフィーを抱き止めると、ハウルがにっこりと微笑んで言った。
「あのねぇ!!」
誰のせいで、と言いかけたソフィーの口を人差し指で塞ぐと、ハウルが黙って背後を―――城を目線で指した。
「? 何…」
何かあるの。
…そう問いかけようとしたソフィーは、そのまま言葉を失った。視線は城に…今まで自分がいた城に、釘付けになっている。
「すごい…!!」
飾りのような小さな羽根は、コウモリの翼へと変化を遂げていた。あちらこちらに突き立っているオレンジ色の街灯は、カラカラと声を出して笑っている。そこらじゅうをコウモリが飛び回り、窓という窓には黒いカーテンがかけられていた。マルクルが摘んできた花も、そこかしこにぱらぱらと散らばっている。そして極めつけに、城の最上部にどんと居座っているのが…
「「Jack 0' Lantern!!」」
いつの間にか後ろにやってきていたマルクルとソフィーの声が、綺麗に唱和する。
「すごいやハウルさん!僕、こんなに立派なJack 0' Lantern初めて見ました!」
城の最上部に、被さるかのごとく乗っている、目と口を切り抜かれた大きなカボチャ―――“Jack 0' Lantern”。ハロウィンの主役とも言うべき存在だ。
「こんなことで驚いてちゃだめだよ。―――カルシファー!!」
ハウルが呼びかけると、途端に巨大なJack 0' Lanternの中に灯りが点った。ぼうぼうと不安定に揺れるその様が、ハロウィンならではの不気味さを醸し出している。
「すごい…!カルシファーの炎ね!」
煌々と輝く灯りをその瞳に映しつつ言ったソフィーに、ハウルが満足そうに言う。
「あいつは悪魔だ。おあつらえ向きだろう?…どうだい、ソフィー。僕のハロウィンの趣向は」
「最高よ!ありがとう、ハウル!……あっ!」
ふいに声を上げると、ソフィーはハウルとマルクルの手を引いて走り出した。
「料理が冷めちゃう!おばあちゃんとヒンはもう食卓についてるはずだから、急いで!」
「うん、わかった!」
城に向かって走り出したマルクルの後を追いながら、ソフィーがハウルに声をかける。
「ねえ、マルクルのお菓子、あれで足りるかしら?喜んでくれるといいんだけど」
「マルクルはそんなに欲深じゃないさ。パンプキンパイだけでも大喜びすると思うけど…ソフィーは甘いなあ」
そういって、面白そうに続ける。
「ねえソフィー。僕にお菓子はないのかい?」
「え?」
きょとん、としてハウルを見上げると、ハウルがなにやらにこにこしながらこちらを見下ろしていた。…こういう顔をしているときは、ろくなことがないのだが。
「だから、マルクルだけじゃなくて、僕にお菓子はないの?酷いなあ」
「そ、そんなこと言ったって…」
“Trick or Treat”その合言葉は、子ども専用ではなかったか?
「ソフィーも知っているだろう?僕はね、まだ心が子どもなんだ。だから……」
「なっ…卑怯よ!そんなのってずるいわ、ハウル!お菓子はマルクルの分しか…!」
城の入口にたどり着いたところで、足を止める。すると、ハウルがにっこりと、邪気のない子どものような笑みを浮かべて言った。
「じゃあ仕方ない。ソフィーには“Trick”…悪戯するしかないな」
「なっ……!」
「ソフィー!ハウルさーん!ご飯冷めちゃうよー!!」
上から降ってきたマルクルの言葉に、「今行くよ」とハウルが応じる。
「じゃあソフィー、またあとでね」
「………っ!!」


街灯が笑い、Jack 0' Lanternは妖しく煌めく。コウモリの羽音は窓を通して室内にまで響く。
さぁ、ハロウィンパーティーの始まりだ。お菓子の用意はできたかい?
お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、HOHOHO!


…Happy Halloween?




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