モノクロオムの街の中、君だけは色を持っていた





その少年は、優しい優しい声を聞きました。けれどそれは子守歌のようなものではなく、耳に残って離れないような、目を覚ますような声でした。
誰だったんだろう。一瞬だけど、目が合った気もする。
目に焼き付いて、耳に残って、記憶の中から決して忘れられないのは君の存在。





あたたかな陽射しの日でした。五月祭には最適の、これ以上ないような日和です。
(…みんな浮かれてるなあ)
そんな中を、一人の青年が歩いていました。流れる髪は金の糸、蒼く輝く瞳は宝石のよう。
ともかくその青年は、祭りで着飾った人々の中にあっても、とびきり目立っていたのです。
「ねぇ、一曲踊って下さらない?」
そんな青年に、なかなか美人な女性が声をかけました。普通ならば、こんな誘いを断る男性がいるわけありません。
「…申し訳ないが、他を当たっていただきたい」
ところがあろうことか青年は、誘いを断ったのです。まさか断られるとは思っていなかったのでしょう。女性は見る見るうちに顔を朱に染め、あまり美しくない大股歩きで立ち去っていきました。
(…君じゃないんだ)
僕が待っているのは、僕に声をかけてくれたのは。
ひらひらとしたフリルに、豪奢な帽子、高そうなドレス。…そのどれもが、僕にはモノクロオムに見えるんだ。
モノクロオムの中、くるくる踊る人々は一昔前の映画のようで。五月祭に参加することもなく、そんな人々を客観的に見てから青年は憂鬱そうに髪をかきあげました。その仕草に惹かれたのか、また何人かの女性がこちらへやってきます。
(面倒だ……)
今度はなんといって断ろうかと逡巡していると、ふいにぞわりとした悪寒のようなものが背筋を走りました。
(……来る!)
荒地の魔女だ。
こちらへ向かってきていた女性たちのことは瞬時に忘れ、青年は駆け出しました。とっさに駆け込んだ路地裏にすら兵士が立っているのを見て、青年はこめかみを押さえて少々悪態を吐きました。…こんなところまで入り込んでいる、戦争に対して。
右へ、左へ。
戦うつもりはハナからなく、今はどうすれば被害なく逃れ、巻けるか。それが、青年が選んだ最優先事項でした。
「!」
…先ほどとは、明らかに違う、異質の感覚。ぴりりと電流が走ったような、どこか切ないような懐かしいような。
そして、青年は見つけました。…モノクロオムの中に、ぽつんと一人、色彩を放った少女を。
「……っ、あ…!」
色の落ちた青いスカート、豪奢さの欠片もない赤いリボンの帽子。長い、栗色の髪の毛。
鮮やかではないのに、そこには確かに色があったのです。
「…見つけた……!」
確認なんていらない。確かめる術なんてもともと持っていない。だけど、心はないけれど、僕の魂が確かに憶えているんだ。


モノクロオムの街の中、君だけは色を持っていた




----------------------------------------------------------------
BACK