まるで、花のような君。 小さなトゲで必死に虚勢を張って、自分を守れると信じている君。 ……そのトゲで、君は本当に自分を守れると。 他の者の手などいらないと、本気で思っているのだろうね。 君=花 「おやおや…仕事熱心なことだね」 翡翠が夜半に邸を訪れてみれば、部屋にはまだ灯りがともっていた。 その頼りなげな灯りの元で、幸鷹が手元から視線を上げる。 「…ここが検非違使庁と知った上で、あなたは乗り込んでくるのですか?つくづく呆れた方だ」 別当の邸は、検非違使庁を兼ねている。すなわち、悪党が自ら捕まりに来るようなものなのだ。 「八葉のお役目がある内は、見逃してくれるのだろう?」 「……全く、龍神も何を考えてあなたを八葉にしたのか…」 ため息をつきながら、手元の紙を脇へとどける。 「ご用件は?」 「…用がなければ、来てはいけないのかい?」 ふわり、長い髪をかきあげて、翡翠が幸鷹に言う。 「…君は、昼も夜も仕事で頭がいっぱいなのだろう。たまには、星空でも見上げてみてはどうかな」 あまり根を詰めてばかりいても、煮詰まってしまうからね。 そう続けられ、幸鷹は思案した。…確かに、翡翠の言うことにも一理あるかもしれない。 「お前に言われて、というのがどうにも納得しかねますが…その意見には、同意しましょう」 浅沓を履き、庭へと出る。皆が寝静まっている今、自分が仕事を休み、こうして空を見上げても咎める者はいない。 …横にいるのが海賊だというのは、少々問題があるかもしれないが。 (仮に) 誰かがいたとしても、庭の真ん中で話していれば声までは聞き取れまい。それに、「翡翠」の容姿を知るものはそう多くはないのだ。 (ああ…星が、綺麗だ) 見上げた夜空は、満点の星。夜の闇を脅かす明かりがないからこそ、ここまで綺麗に星が見えるのだろう。 (…?夜の闇を脅かす、明かり?) そんなもの、あるはずもないのに。夜は、暗いのが当たり前だ。 (まあ……いいか。) 今は、難しいことは考えたくない。…ただ、この星空に溺れていたい。 「別当殿は、星が好きなのかな」 「え?」 星に夢中になるあまり、横にいる翡翠のことをすっかり失念していた。呆けた声を出した幸鷹に、翡翠がくつくつと笑う。 「妬けるね。……けれど、そうだね…」 す、と一歩近寄って、幸鷹の頬に手を添える。 「そうして、星を見上げて微笑む君の姿は…とても、美しかったよ」 「なっ……!」 ばっ、とその手を振り払うと、幸鷹は数歩下がった。 「何を言うのですか、あなたは!!」 「思ったままを言っただけなのだがねえ」 そうして自分から離れた幸鷹を見て、翡翠が小さく呟く。 「……君は、いつまでここにいてくれるのだろうね」 「え……?」 星を見上げていた時、ほんの刹那、幸鷹がそのまま空へ吸い込まれてしまいそうな。…ここではない、どこかへ消えてしまいそうな。 そんな何かを感じて、背筋が寒くなった。 (そんなことを言っては、また君におかしな目で見られてしまうかな) けれど。 …けれど。 こうして、君に触れても、こんなに傍にいても。 「…寂しい、のですか?」 ふ、と。 ぽつりと呟かれた幸鷹の言葉に、翡翠がはっと顔を上げる。 「……何、を」 「何、ということはありません。…ただ、お前を見ていたら、なんとなくそう思っただけです」 「それじゃあ、慰めてくれるかい」 「…………」 心の内を見透かされ、内心、穏やかではいられなくて。 それを誤魔化すために言った翡翠の言葉に、幸鷹は怒りの言葉を続けなかった。 ただ、少し距離をとったところから無言で歩いてくると、そのまま翡翠の手をぎゅっと強く握った。 「…これで、いいでしょう」 「……幸、鷹?」 「これ以上のことは期待しないで下さい。…寂しいのなら、寂しくなくなるまで、手を繋いでいてあげます。それでいいでしょう?」 繋いだ手の先から伝わる、体温、熱、鼓動。 しばし呆気にとられていた翡翠は、ようやく微笑するとその手を握り返した。 「……そうだね。ありがとう、幸鷹」 寂しいのなら、寂しくなくなるまで。 そんな単純なことが、こんなにもあたたかく、心地良い。 空には満天の星。 繋いだ手の先には、頬を真っ赤に染めてうつむく、花。 小さなトゲで必死に虚勢を張って、自分を守れると信じている君。 それなら私は、そのトゲごと君を抱きしめるよ。 いつだって逢いたいと願うのは、愛しく想うのは、この胸に咲いた、君という名の花だから。強がってばかりで、自分のトゲで自分まで傷つけてしまうような不器用な花。 …たとえその小さなトゲで、傷つくことになろうとも。 この手を、離すことはしない。 ---------------------------------------------------------------- ♪song by pigstar 「君=花」 BACK |