「はい、ジンさま」
…彼がどういうつもりだったのか、今になっても全くわからないけれど。
でも、幼い私にとっては紛れもなく彼は唯一無二の理解者であり、絶対的な存在であり、……恐らくは、初めて人間らしい感情を持たせてくれた相手。




ジ ン さ ま と 私 。







「…あら。その小さなレディは?」
ベルモットが、クスリと面白そうに笑みを浮かべて問いかける。…ジンにぴったりとくっついて離れない、小さな少女。この「組織」内では、なかなか異質な存在だ。
「へぇ…アニキ、懐かれちまったみたいで」
何も返さないジン(と、少女)に代わって、ウォッカが困ったように答える。
「ジンが?子供に?Oh!The one that might be unusual.[珍しいこともあるものね。]」
「……用件はなんだ、ベルモット」
常と変わらぬ、鋭い瞳。
底冷えするような、冷たい声。
(一体、あの子の何に響いたのかしらねぇ)
無言で見つめるつぶらな瞳は、無意識下だろう、自分を強く警戒している。それは「人」が持つ第六感と呼ばれるものなのか、それとも……「女」としての、本能か。
「そんな怖い顔しないで頂戴。あの方がお呼びよ」
ベルモットが肩を竦めてそう返すと、ジンが立ち上がった。…少女も、一緒に。
「………連れていくの?」
さすがに驚いてそう問うも、やはりジンは答えることなく出ていってしまった。…少女と、共に。
「随分と御執心なのね。妬けるわ」
半ば本気でそう言うと、ウォッカが困ったように返した。
「アニキがなに考えてるか、俺にもさっぱりわからないんですが…。とりあえず、面倒くさがっちゃいないみたいです」
(面倒………?)
冗談ではない。その程度の存在なら、とっくに殺しているはずだ。…それが、あそこまで許しているのだから。
(Who is that lady...?[何者よ、あの子…])





「…ジンさまっ」
コンパスの違いは、大きい。ジンのそれと比べると随分短い足を懸命に動かし、は必死にジンの後をついて歩いていた。
「あ、お戻りですかい、アニキ」
“あの方”との話を終えて戻ってきたジンにウォッカが声をかけると、ジンが無言で後ろを目で示す。
「……?」
ウォッカが覗き込むと、少し先でが座り込んでいた。
「ウォッカぁ……」
「……あのなぁ…。」
もう歩けない、と訴えるの元まで向かい、片手で抱き上げる。
「きゃはぁっ」
「おいこら、元気じゃねーか!」
はしゃいで声を上げるにそう言っても、ますます楽しげにするだけだ。溜め息をつきながら連れて(持って)いけば、部屋の入り口でひょいとジンに持っていかれる。
「…最初からアニキが迎えに行ってやって下さいよ…」
「…………何だ?」
「いやっ、なんでもないですアニキ!………俺はちょっくら失礼しやす!」
ジンのプレッシャーに耐えきれず、ウォッカは半ば飛び出すようにして部屋を出ていった。
「…?ウォッカ、どうしたの?」
宙に浮いたまま不思議そうに問うと、ジンは何も返さずにをソファへ放り投げた。
「っぷ」
「大人しくしていろ」
そのまま自分は椅子に腰掛け、先刻“あの方”が渡したプリントに目を通し始める。……任務、だろうか。
(そうだといいなぁ。また、ジンさまと出かけられるから)
どうせ文字など読めないが、気になってソファを降りる。そのままそっとジンの近くまで進んで―――…さらり、と触れたものがあった。
「………?」
―――それは、まるで金の糸。
「…ジンさまの髪、きれい」
さらり、手をくぐり抜ける金糸に、が小さく呟く。
……自身は、短く刈りっぱなしのざっくばらんとした髪。ジンのもつその髪は、にとっては手の届かないものだった。
「……きれい。」
再び呟いたに言葉を返すことなく、ジンはそのまま黙ってページを繰っていた。





「……どうしやしょう…」
「ほんっとに何者よ、あの子…!」
綺麗な三つ編みになっているジンと、傍らのソファで眠りこけるを見て、ウォッカとベルモットは部屋の入り口で固まっていた。




----------------------------------------------------------------
BACK