「の髪って、綺麗だよねー。触ってもいい?」 それは、女性にとっては嬉しいセリフだろう。だがは、いつも伸ばされる腕をひらりとかわして逃げてしまう。 「わー、だめだめ!」 「なんでよー!」 「髪触られるの苦手なんだってば!」 (…え?) 何の気なしにそれを眺めていた快斗は、そこで軽く目を見開いた。 「、お前…」 「え?なに?」 きょとん、として聞き返してくるを見て、快斗は慌ててそこで言葉を切った。 「あ、いや、なんでもない」 「…変な快斗」 だってお前、この前… 「お邪魔しまーす」 そう言って玄関を開けると、奥からの母親がぱたぱたとやってきた。 「あら快斗くん、いらっしゃい。のお見舞いに来てくれたの?」 「はい」 「わざわざごめんなさいね、なら二階よ」 「ありがと、おばさん」 にこりと笑って答え、とんとんとん、とテンポ良く階段を上っていく。 今日はが風邪を引いて学校を休んだので、配布されたプリントやら課題やらを持ってきたのだ。 「おーい、ー」 がちゃ、と扉をノックもせずに開ける。少々無礼だが、どうせ風邪を引いているのだ。横になっているだろう、と思いそのまま踏み込む。…案の定、部屋の右端にあるベッドでは眠っていた。 「…寝てんのか…?」 そっと快斗がの顔を覗き込むと、影でも感じたのだろうか。うっすらと目を開け、やがて快斗を視界に入れて目を見開いた。 「…か、いと…?」 「おぅ。あんま元気そうじゃねーな…とりあえずコレ、数学のプリントな。今日新しい範囲入っちまったからなぁ…風邪治ったら解説してやるよ」 「…ん」 「あとこれ、英語の単語テスト。…ったく、もっと勉強しろよ?」 2点。 …名誉のために一応言っておくが、10点満点である。 「う〜…」 「じゃあな。オレがいないほうが寝られるだろ?また…」 明日、と言いかけて、言葉を切る。 …弱々しく掴まれた、自分の制服の裾を見て。 「やだ…快斗、もー少しいて…」 体が弱っているときは、やたら気弱になるものだと。 どこかで昔、聞いたことがある。 「…ったく、しょーがねーな…」 どさり、と枕元に腰を下ろすと、は安心したようにへにゃりと笑った。 「えへへ〜」 「なんだよ」 「…ううん、なんでもない」 言って、目を瞑る。 (寝たのか…?) …熱による発汗だろう。快斗は、の額に張り付いていた前髪をかきあげ、そのまま何の気なしに髪を梳いた。 「…気持ちいい…」 「へ?」 眠ったものだとばかり思っていたため、快斗はきょとんとした声をあげた。 「なんか…快斗に髪を梳いてもらうと、安心する…」 「髪、触られるの好きなのか?」 そのままやわらかな髪を梳きながら快斗が聞くと、は小さく口を動かし… やがて、穏やかな寝息をたて始めた。 「…なんだ?」 快斗だから、かなぁ。 小さな呟きは、快斗の耳に届かず溶け消えた。 「快斗?なにボケッとしてるの?」 「へ?」 「次の生物、移動教室だよ!」 ふと周りを見渡せば、教室にはまばらに人が残っているだけだった。 「先行ってるからね!」 そういって走り出そうとしたを、快斗は慌てて呼び止めた。 「!」 「ん?」 「おまえさ、こないだ風邪引いてたとき…」 キーンコーンカーンコーン… 「やばっ!ちょ、快斗、先行くからね!」 「あ、おい…」 ばたばたと走り去ったを見て、自分も慌てて教科書を掴んであとを追いながら溜め息と共に呟いた。 「ま、いっか…」 ---------------------------------------------------------------- 2004.5.29 |