「この音は…!」 通常のヘリコプターにしてはローター音が大きすぎる。暗闇に飲まれた園内で混乱している人々を避けながら、は暗視ゴーグルを構えた。 「……な、…に、…あれ……」 ただのヘリコプターでは、ない。軍事用、という言葉が適切かはわからないが、少なくともこんな場所で目にするには不似合いすぎる代物だった。乾いた喉が、うまく言葉を発してくれない。…グロテスクとも言えるビジュアルに、ぞくり、と背筋が粟立った。 (秀一は…あれを、相手にしようとしているの…!?) ライフルでは歯が立たないのは、明白だ。下手をしたら、風圧で飛ばされてしまうかもしれない。 (どうする…!) 気ばかりが焦るが、今からあそこへ向かったところで自分にできることはない。冷静になれ、と必死に言い聞かせながら再びゴーグルを覗き込んだは息をのんだ。 「…まさか、ゴンドラごと…?」 その瞬間、走ってきたひとりの女性がへとぶつかり倒れ込んだ。 「キャッ、」 「! 大丈夫ですか!?」 とっさに女性の背を支える。「すみません、」そう返しながら、女性は慌ててまた走っていってしまった。…暗闇が、人々の混乱を助長している。 「……っし。」 このまま夜空を見上げていても仕方がない。 (あんなデカブツを持ち出すってことは、十中八九あいつが乗っているはず) …となれば、ここから先は想像に難くない。 これから観覧車で怒ることを想定し、観覧車へ近付けないよう、は一般人の誘導へと走り出した。 「いやいやいやさすがにそれはねーーー!?」 観覧車を時折確認しながら一般人の誘導を行っていたは、ゴーグルを覗き込み思わず声を上げた。 UFOキャッチャーよろしくヘリから出たアームに掴まれたゴンドラが、今度はそのまま捨てられたのだ。観覧車の中央からはもうもうと煙が上がっている。中に人が乗っていたら、落ちた先に人がいたら、どう考えても無事で済むとは思えない。 …どうもおかしい。 やり方がスマートではない。なんのためにゴンドラを捨てた?…そう、それは目的のものがそこにいなかったからに他ならない。 「…まずい」 今まで組織と伊達にやりあってきたわけではない。ここから先の展開は、まず間違いなく―――― ガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!! 観覧車側面のLED板が削られる不快な音が爆音で響き渡る。 案の定、実力行使に出てきたのだ。 日本警察間同士の協力もあり、一般人に危害が及ぶ心配はない。 は迷わず観覧車に向かって駆け出した。赤井を気にかけてのことではない、ノックリストのありかを確認するためだ。 (観覧車から消えたとはいえ、やつらが観覧車を攻撃してるってことは、まだ内部にいるってこと) それならなんとしてもこちら側で彼女を捕獲したい。 やがて攻撃が一転に集中し始めたことが遠目にも分かった。…キュラソーだろう。 (…これは) そこで足を止めると、は頭上を見上げた。…内部には赤井、安室、コナンの3名がまだ残っているのは確実だ。彼らがこのチャンスを逃すはずがない。 「反撃の方法はないのか?FBI」 「あるにはあるが、暗視スコープがオシャカになってしまって、使えるのは予備で持っていたこのスコープのみ。これじゃ、闇夜のどデカい鉄のカラスは落とせんよ」 が聞いたら「鉄のカラス…?」とでも言って眉を顰めそうな例えをし、赤井は目を細めてヘリコプターのいる方向を見つめた。 (…近くに来るなよ、。ここは危険だ。俺たちが必ず何とかするから、お前は自分の仕事をしていろ) 赤井の思いは確かに通じ、は攻撃が一点集中し始めてから観覧車へと近づくのをやめていた。内部にいる3人を信用し、託したのだ。 作戦を練っている間に、再び攻撃が再開された。観覧車の車軸に銃弾の雨が降り注いでいるのを確認し、顔を見合わせる。 「まずいな…」 「……正気なの…!?」 何をしようとしているのか、集中砲火している場所を見ればわかる。やつらは車軸を破壊するつもりだ。 「秀一…!!」 ぐずぐずしている暇はない。焦りが思わず声に出た瞬間、頭上で巨大な花火が打ちあがった。 …と同時に、ヘリコプターの全体像が夜空に浮かび上がり、次の瞬間大きく傾き一部が煙を吐き出した。 「! やった…!?」 安堵したのもつかの間。 往生際が悪いとしか言いようのない体勢のまま、しつこく車軸への攻撃が続いた次の瞬間だった。 ガゴ、 …嫌な、鈍い音がの耳に届く。……車軸が、破壊されたのだ。 頭で考えるよりも早く、体と声が反応した。 「逃げてーーーーーーーーっ!!!!」 絶叫し、走り出す。 遠くで、耳になじみのある声が「逃げろー!」と叫んでいる声も聞こえた。 あの少年が無事なら、赤井も間違いなく無事だろう。 「走って!!」 腰をぬかして座り込んでいる一般人を引きずりおこし、観覧車から距離をとる方向へと走らせる。 こうなってしまったらもう、被害をなんとか最小限に食い止めることを考えなければいけない。 「!!」 どこかから聞こえた声に、まさかと思いながら頭上を見上げる。 …転がり始めた観覧車に、ボロボロの赤井がしがみついているのが見えた。 「ちょっと秀一!?何してるの!?」 あまりに非現実的な光景に、思わず心配よりも先に呆気にとられてしまった。 それに飄々と赤井が返す。 「俺なら大丈夫だ。…あのボウヤには、何か策がある。それよりも、観覧車に子供たちが残されているからそちらの保護を頼む」 「子供たち…?」 その含みを持たせた言い方に、ははたと思い当った。…おそらくその子供たちの中に、「あのこ」もいるのだろう。 転がり始めた観覧車の巻き起こした土煙で、そこで赤井の姿は見えなくなった。 何を考えているのかはわからないし、赤井の出した指令もなかなかに無茶なものだ。そもそもどのゴンドラに乗っているかもわからないというのに。 「…これは、」 ちょっと、本格的にヤバいかもしれない。 どんな策があるにせよ、こんな観覧車を止めることができるのだろうか。 人々の悲鳴、破壊音、巻き上がる土煙を横目に、は観覧車の周囲に素早く視線を巡らせた。 …そのときだった。 大型クレーン車が、建設中のフェンスをぶち破り、観覧車へ向かって突っ込んでくるのが目に入った。 観覧車を挟んで正面にいたには、運転手の顔がはっきりと見えた。 「……キュラソー」 何を、と思った次の瞬間。 ホイールにクレーン車がつっこみ、アームを観覧車へ突き刺した。 この喧噪にこの距離で、声など聞こえるはずもない。 はずもない、のに。 「止まれえぇぇえええ!!!!!」 …確かに、声が聞こえた。 ---------------------------------------------------------------- BACK |