…観覧車が無事に暴走を止めてからの動きは、スムーズなものだった。
救急車、消防車、日本警察がそれぞれ連係プレーをとり、速やかに負傷者を運び出していく。観覧車に残されていた客の救出も進んでいるようだ。
自分の身分が知られて得になることは何もない。
観覧車から例の“子供たち”が無事に救出されたところまで見届けると、は静かにその場を後にした。





(……キュラソー…)
歩きながら、想いを馳せる。
…結果的に、彼女は自らの死を持って観覧車を止めた。
彼女は何を思い、何を考え、何故あのような行動に出たのだろう。
記憶を失っている間に起きた出来事が、彼女自身を変えたのだろうか。
…あのままゴンドラに乗っていれば、何事もなく組織に戻れたのに。
「…
思考の海に沈みすぎ、目の前に赤井がいることにもすぐには気付けなかった。
名を呼ばれ、弾かれたように顔を上げる。
「…あ、秀一……生きてたんだね」
「ご挨拶だな」
の言葉に苦笑すると、赤井はそのままの手を引いて抱きしめた。
「……だが、それはこちらの台詞だ。お前がどうにかなっていないか気がかりだった」
「うっそー、心配してくれたの?」
赤井の腕の中で身をよじり、は笑いながら顔を上げた。思いの外真面目な顔をした赤井と目が合い、どきっとする。
「本気で言っている」
「う…アリガトウゴザイマス…」
急に恥ずかしくなり、ぼそぼそと話すに赤井は笑みを浮かべた。
「お前は素直で可愛いな」
「…そりゃどーも」
こういうときの赤井に反論しても無駄なことはわかっている。絶対耳まで赤くなってるよなあ、ばれてるよなあと思うともうまともに顔も見られない。
…互いの生存を確認し、素直に喜びあう。
当たり前のこのやりとりが繰り返されることが、当たり前ではないこともお互いに知っている。
言葉遊びをしながらも、内心では心底安堵しているのだ。


「ところで、観覧車の件だけど」
夜道を歩く道すがら、は赤井に自分が見たことをそのまま話した。
「…そうだったのか。キュラソーが……。だが、ボウヤの活躍もなかなかのものだったぞ」
「コナンくん?」
「ああ。…安室くんもな」
意外な3人の共闘体制にはおおいに興味がある。
観覧車で一体何が起こっていたのかを熱心に聞いているうちに、すぐに駐車場へと着いてしまった。
「…とりあえず、ボスのところに戻ろっか。情報整理しないと」
「そうだな」
そう言って車に乗り込もうとした際、少し離れたところで救急車へと運ばれる人物がいるのが目に入った。
…顔まで布がかかっており、確認しようとした公安の人間が思わず言葉をのむ雰囲気が伝わってくる。
「……あれは」
「キュラソー、だな」
の言葉を継ぎ、赤井が続ける。
コナン、…そして哀が駆けより何かを口にしているのが見えた。
何を言っているのかは聞こえなかったが、その様子を見て確信する。
「…やっぱり、記憶を失っている間に、キュラソーは変わったんだね」
組織の冷徹な幹部から、…命を賭しても観覧車を止め、子供たちを守りたいと思う情を持った人間へと。
「……キュラソーは、汎用性の高いリキュールだ。どんな色、味わいにも染まることができる…」
ぽつり、と落とされた赤井の言葉に、再び思考が沈んでゆく。
…どこまでを読んだうえで、キュラソーはその名を冠していたのだろう。
ラムにとって、今回の件は想定外だったのか、それとも。
(…わからない、わからないけれど)
きっと彼女は、最期まで自分の名に恥じることなく、自分の信念を貫いたのだ。
「…ねえ、秀一」
「…なんだ」
「ボスのとこの報告、終わったらさ」
「……そうだな。俺のおすすめのバーに連れて行ってやる」
「!」
弾かれたように見上げると、優しく微笑む赤井と目が合った。
「お前は本当にわかりやすいな」
「……すみませんねー、わかりやすくて」
「褒めている」
「はいはい」
敵わないなあ、と苦笑して。
は、少し軽くなった足取りで車に乗り込んだ。






Fin.


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