己が道の、行く先が。





「…心得た。」
千代が案じた、山内一豊という男。…多くを聞かずとも、わかる。
(想い人…か…。)
最後に別れた時には、まだ幼子と呼ぶのが相応しいような子供だった。母と別れたくないと泣き叫び、自分が無理矢理手を引いて逃がしたのが…本当に、昨日のようで。
「…俺は、」
千代を、守ると。
何度も何度も、誓った。幼い頃から、本当に幼い頃から。そのために強くなりたくて、戦場にも連れて行ってくれとせがんだ。
千代を守る。千代を幸せにする。
そう、誓って、誓って、…ここまで来たのだ。忍びとなり、千代を探し回り、そうしてようやく見つけて。
「ぐずぐず悩んでも仕方ない…っちゅーんはわかっとるんだがなぁ」




「お互い、なんともいえない複雑な身ですね」
「…何も言うとりませんぞ」
ぶすっとして返した六平太に、半兵衛は苦笑した。
「あまり感情を隠すのがお上手ではないと見える。私に嘘は通じないと、ご存知でしょう?」
最初の挨拶の時、既に上手だったこと。
それを思い出し、六平太はふぅと息をついた。…全く、厄介な男だ。
「…半兵衛殿も、か。まったくあいつも罪なやつで困るわ」
「はは、千代殿に非はありませんよ」
そのものずばりの名を上げられ、六平太が一瞬ひるむ。それを見て、半兵衛がまたくすりと笑った。
「お上手ではありませんね」
「…ふん。」
言い返すこともできずに黙り込んだ六平太に、半兵衛は茶菓子をすすめてから席を立った。新しく茶を淹れなおすつもりらしい。
「半兵衛殿、余計な気は使わんでええぞ」
「いえいえ、お気になさらず。…私も、最初の時点でわかっていました。川向こうにいた侍を見た、千代殿を見て」
私が話しかけても、上の空でしたからね。
そう続けて、半兵衛は淹れなおした茶を六平太に差し出した。
「今まで、そんなことはありませんでしたから。ああ、これはもう駄目だなあと」
白旗です、と言った半兵衛に、六平太はむぅと唸って返した。
「稀代の軍師である貴殿のようなものが、そのように簡単に降参してしまうものなのか?」
俺は知恵勝負もできなければ、千代を振り向かせる要素も持っていないからなあと言って、茶菓子を放り込む。抹茶味のそれは、口の中にほのかな苦味を残した。
「…私が動かせるのは、兵だけです。人の気持ちまでは動かせませんよ」
そう言って、自分も茶をすする。
「それに…私の気持ちは、六平太殿と同じです」
「…どういうことだ?」
「わかっておられるでしょう」
それ以上続けることなく、半兵衛は「さて、では今日はこれにて」とその場を去ってしまった。一人縁側に残され、仕方なく席を立ってから反芻する。

『六平太殿と同じです』

「…お前さんもか、半兵衛殿。」
お互いつらい身であるなと、ため息をついて空を見上げる。

…半兵衛が信長側についたという情報を入手したのは、それから間もなくのことだった。




「私はそう長くはない」
ゴホッ、と軽くはない咳をして、慌てて紙を探そうとしてからふと笑みを浮かべてやめる。
「六平太殿の前で隠す必要はないか」
「…気をしっかり持て。病は気から、とは古からの習わしだ」
「それならばますます長くはなさそうだ…」
月明かりに照らされた頬は青白く、本当に今にも消えてしまいそうだった。
「半兵衛殿…」
「明日、城を攻める」
ぽつり、と。
そう言って、半兵衛はゆっくりと身を起こした。
「…一豊殿に、命がけで千代殿をお助けせよと申した。私にできるのはここまでだ」
ふぅと息をつき、横にあった水を口に含む。
「以前、貴殿が俺と同じだと。そう言っていたのを覚えておられるか?」
「……さて、なんのことですかね」
探るように言った六平太の言葉を、半兵衛はさらりと流した。…わかっていないわけはないのに。
「…この道の行く先が」
す、と立ち上がり、月明かりの元で半兵衛に背を向けて言う。
「たとえ交わらなくとも、同じ道を歩くことがなくとも、その隣に続く道を歩いてゆきたい。そうして、幸せであるように手助けしていきたい。…そういうことであろう」
貴殿は立派に果たしたではないか、そう言って振り返ると、半兵衛がわずかに笑みを浮かべていた。
「…そうですね。そうありたいと、思っています」
長くはないであろうこの命、尽きるまで。
「この戦が終わり、秀吉様の取り計らいがうまくいけば…二人は結ばれるでしょうね」
「そうであろうな」
「婚儀…千代殿は、さぞかし美しいでしょうね」
「…そうであろうな」

「そうなると、いいですね。」

「……ああ。」



己が道の行く先が、例え交わっていなくとも。
願わくば、その横を歩いてゆきたい。

そうして、貴女の幸せを祈って生きたいのです。




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