あの日、窓から見えた太陽は。 …私を、照らしてはくれなかった。 「っはっ…いゃあっ…んぁあっ!!」 「…っ、いや、じゃあ、ないデショ?気持ちイイ、って言ってご覧?」 「いやだ…いやだいやだいやだっ…!っつ、ぅああっ…!」 ドクンッ。 最奥に向けて、己を解き放つ。 いつものことだ。 そこで彼女の意識は、必ず飛ぶ。 「…愛してますよ、。」 そう、耳元で囁く。 意識のない彼女の耳には、届かない。 「………。」 しばし、それを見つめてからふと思う。 このまま、意識のない彼女をヤるのもそれはそれでイイかもしれない…。 浮かんだ考えを打ち消す。それはいくらなんでもひどいだろう。 「…"いくらなんでも"?」 自分の胸中の台詞に、思わず苦笑が漏れた。 …何を、今更。 静かに衣服を整えて、ベッドに横にならせる。そして… ジャラン。 それは、銀色の鎖。 その先を、彼女の首についている、首輪につける。 鎖の先は…ベッドの足。 「…じゃあ、またね、。」 扉を出て、外から鍵をかける。 小さく何事かを呟くと…ふっ、と扉が姿を隠した。消えたわけではない。見えないようにしただけだ。 なぜなら、ここは。 「あーっ!いたいた店長!テッサイ…さんが、ずっと探してたぜ!どこ行ってたんだよ!」 「すまなかったね、ジン太。すぐ行きますから、先行っててくださいねv」 「おぅ!」 …扉一枚、挟んだ先は。 限りない、日常の世界。 彼女には、縁のない世界。 「…っう、ひっ…っく、うぅっ…」 いつも思う。 涙、まだ枯れてなかったんだ・って。 それは、小さな喜びでもあった。 あぁ、私はまだ大丈夫なんだ・って。 もう、いつからかわからない。この小さな部屋に閉じ込められて、どれだけの月日が流れただろう? 心配する人はいない。 親の、顔も知らない。 ほうっておけば、確実にのたれ死んでいた私を拾ったのは、あの人だ。 浦原、喜助だ。 何が気にいられたのか分からない。 ただ、己の欲望の行き場が欲しかっただけなのかもしれない。 理由はわからない。 わからないけど… 彼は、私を抱き続ける。 …ジャラン。 決して逃亡を許さない鎖。 首についているベルトの革は、どす黒く変色していた。 …何度も、濡れて。 特に深い考えもなく、何の気なしに強く引いてみる。 ぶちっ。 「…、え?」 ジャリンッ! 床に、鎖の落ちる音が響いた。 「…とれ……た?」 あまりにも呆気無く、束縛から解放されたことにしばしとまどった。 …革の劣化は、予想以上だったのだ。 (! …今なら、逃げられる!) ばっ、と窓を見やる。 扉は駄目だ、鍵がかかっているから。 じゃあ窓しかない! 自分の身長より、頭二個分ほど高いところにある窓。 そこからは、太陽が見える。 手を伸ばせば、届く距離だ。 届く距離だが… "はめ殺し"。 最初から、開けることを目的としていない窓だった。 「なにか…固いもの、窓を割れる固いもの…!」 ぐるりと部屋を見回す。 もともと殺風景な部屋だ。だが、ぴたり、と…の視線が、そこで止まった。 …椅子。 椅子と言っても、相当重い。昔、が繋がれていた椅子だ。 だが、その椅子を引きずって脱出をはかってからは、鎖の先はベッドになった。…扉に鍵がつけられたのも、この時からだ。 「〜〜〜っ、おもっ…」 額に汗粒が浮かぶ。 もう何年も、この部屋から出ていないのだ。の体力は相当衰えていた。 ・ ・ ・ 火事場の馬鹿力、なんて言葉があったなあ。 頭の上には、割れた窓。 手は、破片で血にまみれていたが、まったく気にならなかった。 ベッドのヘリに、足を乗せる。 窓枠に手をかける。 次の瞬間には、 足の裏に、土の感触。 は、脱出に成功した。 「……?」 何かが割れる音が、微かに聞こえた。 だが、特に気にすることもなく、しばしそのまま作業を続けた。 大分遠くだったし、ジン太やウルルは目の前にいる。備品が壊されたわけではない。 …だが。 何故だか、胸がざわついた。 (…、じゃないっスよね…?) その瞬間、頭の先から足の爪まで、電流が走ったような錯覚を覚えた。 思い出した。 あの首輪は、劣化していた。 早く新しいモノに変えなければ、とついこの前思って…そのままだった。 「……っ!」 ばっ、と店内から家の中へと駆け込む。 「店長!?」 テッサイの声も、耳に入らない。 家の最奥へたどり着き…小さく言葉を呟く。現れた扉の鍵を開け、すぐさま扉を開ける。 「……っ、…」 そこにあったのは。 ちぎれた首輪と、 ガラスの刺さった椅子。 いつものベッドに、 …血痕。 「曇ってきた…。」 ふと、空を見上げる。 先ほどまで照っていたはずの太陽は、雲の向こうへと姿をくらませていた。 ぺたぺたぺた。 靴を持っていないは、当然ながら裸足だ。だが、この辺りが田舎であることに加え、平日の昼間である。通行人もおらず、つまり、それを不審に思う者もいなかった。 あの部屋を、逃げ出してはきたけれど…。 行く先もない。 「……。」 小さく、笑う。 それは、嘲笑の類にあたるものだった。 逃げたところで、行き場がない。 外の世界が広すぎて、生き場がない。 …まるで小鳥だ。 かごの中にいればとりあえずは生きていけるのに、必死に逃げる。 そして、外の世界では生きられず…やがて死にゆくのだ。 「このまま…死ぬってのも、悪くないかな」 穏やかではない考えごとをしながら歩き続け、ふっと顔をあげるとそこは児童公園だった。 小学生の帰宅時には賑わうであろうそこは、しかし今、誰もいなかった。 ・ ・ ・ キィ。 ブランコに座る。 小さく足を動かし…足が、地面から離れない程度に揺らす。 ふと空を見上げると、小雨が降っていた。 「…たいよう…」 見えない存在を言の葉にしても、それは行き場もなく、…ただ地に吸い込まれるばかりだ。 ドクン。 唐突に、 全身の血が、 凍る。 呼吸が、 できなくなる。 「……っ!?」 慌ててブランコを降り、周りを見渡す。 …"それ"は、あっさり見付かった。 「…な…に…?」 『タマ…ジィ、タマシ…ィ…喰ワゼロォォオォ…』 斜め右前方。 白い仮面をつけ、異形の姿をしたそれは…まさに、化け物。 はすぐに、悟った。 …あれは危険だ!! それでも、悟っても、…何もできない。動けない。 額に浮かぶ汗…冷や汗をぬぐう。その際、硝子で傷付いていた手の血が付着した。 …気にしている、余裕はない。 だが、そこでふと思った。…この化け物に食われれば、死ねるんじゃないだろうか? 『うが…ぅがぁあぁぁああっ!!!』 「…あなたの、望むままに。」 ひときわ大きく…そいつが叫び、そして… は、大きく腕を広げた。 襲い来るそれを、受け入れる体勢で。 彼女は、知らない。 己の霊力が、どれほど高いのか。 彼女は、知らない。 今まで、自分がそれを抑え、やつらの目から隠していたことを。 彼女は、知らない。 今、この街がいかに危険な状態なのか。 彼女は、知らない。 自分が、どれほどまでに…愛しているのかを。 点々と道路に落ちている血。 さらに、流れている強い霊気をたどれば、おのずと場所は割れてくる。 ざっ。 ここだ! 息を切らせた喜助の目に飛込んだのは。 顔から血を流し、両手を広げたと、獲物を前に興奮している虚。 頭の中が、真っ白になった。 「…あなたの、望むままに。」 今、まさにとびかからんとするその殺那。 脇から人影が飛び出し、"それ"のつけている、白い仮面を断ち斬った。 『…ぐぉあぁぁあぁあぁっ!!!』 …長い断末魔の声を響かせ、"それ"は白い粉となって空気に溶け消えた。 「……。」 びくぅっ。 自然、体が震えた。 怖い。 先ほどのよくわからない化け物の時より、脅えているかもしれない。 怖い。 どのような仕打を受けるのだろう。 「喜助…さん…。」 「、アタシがどれだけ心配したと…」 喜助が一歩歩み寄れば、は一歩下がる。 一歩。 また一歩。 「〜〜〜っ!」 恐怖に耐えきれず、は走り出した。 だが、ひどく体力の衰えた体では、…逃げきることが不可能なのは、目に見えていた。 「っ!」 「うぁああぁぁあっ!!!」 左手を強く引かれ、そこで初めて傷の存在に気付く。止血も何もしていないため、血はだらだらと流れ続けていた。 「っ、おとなしくするんだっ!」 「いやだ…いやだいやだいやだいやだっ!!」 「!!」 ひときわ大きな声で名を呼ばれ、身をすくませる。 その隙に、喜助は両手の治療を済ませた。急ぎ、髪をかきあげて顔からの出血箇所を探す。 …そこでようやく、顔の血は傷によるものではない、と気付いた。 「…。」 腕に力を込め、強く、強く抱き締める。 もう二度と、この腕に抱くことはできないのではないかと。 そう、何よりも大切な存在。 「…?喜助さ…ん?」 は、今まで喜助に、こんなふうに抱かれたことはなかった。 抱かれるときは、いつも荒々しく、そしてそれは必ず行為を伴ったものだったから。 なんだろ…すごく、あったかい。 安心…する。 「…あの…」 いつまでたっても、抱き締めたまま、何も言わない喜助に、が声をかけ、喜助の顔を見上げる。 泣いて、いた。 「…、アタシが悪かった。あんな風に扱ってすまない。…もう二度と、あんな扱いはしないと誓うよ。…だから、だから…どこにも、行かないでくれ…」 「え」 初めてだった。 彼の口から、そんな言葉を聞いたのは。 「…喜助さんは、私のこと、どう思ってるんですか…?」 今までの行為と、今日の行動は一致しない。 ひどくしたり、優しくしたり、わけがわからない。 「…喜助さんは、私のことが嫌いなんじゃないんですか…?」 少なくとも、好きではないはずだ、と。 そう問い掛けてみる。 「っ!」 すると、喜助は慌てて、の目を見ていった。 「…とんでもない。アタシは、のことが大好きなんですよ。…好きすぎて、大切すぎて…誰にも見せたくなかった。アタシだけのものにしておきたかった。…歪んでますね」 そう言って、苦笑を浮かべる。 「喜助…さん」 は、どうするべきなのか迷っていた。 これは、彼の真意なんだろうか? 騙そうとしているのではないだろうか? 「…ひとつ、質問させて。さっき、私を襲ったあいつ…あれは、なんで私を襲ったの?」 「あれは…虚ってヤツですよ。霊力の高い人間を好んで食らう…。は、人より霊力が高いんス。だから狙われたんですよ」 「…喜助さんのおうちにいたとき、平気だったのは…?」 「それは…アタシが、霊力を抑えていたから…」 それだけ聞ければ、十分だった。 「! ?」 突如、抱きついてきたに、喜助は驚きを隠せなかった。 絶対に、見捨てられると思ったのに。 「……ない…ださ…」 「ん?」 「もう、ひどくしないでください。」 「……!」 これ以上無いほど、強く、強く抱き締める。は息苦しかったが、なにも言わなかった。むしろ、喜びを感じていた。 「…好きです、喜助さん。」 「ありがとう…。愛しているよ、。」 その言葉は、今度こそ。 確かに、の耳に届いた。 あの日、窓から見えた太陽は。 …私を、照らしてはくれなかった。 だけど、いつのまにかやんでいた小雨のむこうから、お月様が、やわらかい光で包んでくれたから。 私はそれで、構わない。 猟師の撃った弾は、小鳥の羽を傷付けました。 小鳥はそのまま、堕ちました。 猟師は、傷付いた小鳥を殺せませんでした。 そこで、飼うことにしました。 最初は、傷が治ったら放してやるつもりでした。 ところが、猟師はだんだん小鳥を可愛いと感じるようになりました。 小鳥も、殺されかけたとはいえ、自分を助けてくれた猟師を好きになりました。 そして、一人と一羽は、一緒に暮らすことにしました。 とても、とても幸せでした。 これで、この話はおしまい。 ---------------------------------------------------------------- 2005.7.12 BACK |