狐の嫁入り





「今日はなんて気持ちが良い日だ!」

しゃっ。

カーテンを思いっきり開け、ロイが清々しそうに言った。
「気温はほどよく天気も晴れ!これはもう外で昼寝をするしかないな、うん」
「お待ち下さい。」
「ぐぇっ」
爽やかに出ていこうとしたロイの首ねっこをひっ掴み、ホークアイが頬を引き攣らせながら言った。
「…とうとう堂々と逃げるようになったんですね」
「…いや、逃げるんじゃなくて、正当な理由のもと、昼寝に…」
「それを世間的には逃げると言います」
ぶつぶつと言うロイを 一言のもとに切り捨て、ホークアイが机上に書類の束を叩き付けるように置いた。
「終わらせてからにしてください。」
「いや、ほら、だけど…」
「雨の日だけではなく、晴れの日にも無能と呼ばれたいのでしたらご自由にどうぞ」
「………はい」
なんで上司である私がこんなに頭を低くしなきゃならないんだ…。
口に出すと、また言いくるめられてしまう。心中でぼやきながら、座る前にしぶとく窓の外を眺め…暫し硬直した。
「…中尉」
「はい?」
今まさに部屋を出ていこうとしていたホークアイを呼び止め、ちょいちょいと手招きする。
「何か?」
「…雨、だ」
「は?」
唐突に曇ってきた、というわけではない。相変わらず外は明るいし、青い空も見える。それなのに、窓には水滴がぽつりぽつりと当たり、木々は葉を濡らしている。
「なんだ?これは…」
疑問符を浮かべまくっているロイを見て、ホークアイは苦笑した。
「大佐、『狐の嫁入り』ってご存じですか?」
「…狐の嫁入り?」
「はい。天気雨、とも言いますね。日が照っているのに、雨が降る現象のことを言うんですよ」
「ほー…」
感心したように言い、再び窓の外を見上げる。
「これには、おまけがあるんです」
言って、悪戯っぽそうに笑う。
「おまけ?」
「ついてきて下さい」
「え?」
急に執務室を出ていったホークアイを追って、ロイも慌てて走り出す。扉を開け、表に出て、裏手の小高い丘を登り…
「ちゅ、ちゅ、中尉…私、は、そろそろ、疲れ…」
思わぬプチデートにはしゃぐ余裕もない。ぜえぜえ言いながら登りきると、急に視界が開け、次の瞬間には空が目の前にあった。…そして、眼前に飛込んできた“それ”にしばし言葉を失う。

「……虹?」

雨はいつのまにかやんでおり、代わりに空に架かっていたのは虹。
「…狐の嫁入りの後は、よく虹が出るんです」
すっ、とロイの横手までやってくると、そう言ってホークアイは微かに微笑んだ。
「…さぁ、職務に戻りましょうか」
「…あぁ…」
確かに虹を見られたことは嬉しい。狐の嫁入り、という変わった言葉の知識も得た。…だが、なにより嬉しかったのは。
「中尉」
「はい?」
「…ありがとう」
ホークアイは一瞬目を丸くしたが、すぐに軽く頭を下げて言った。
「気に入って頂けて、良かったです」
…自分のために、ここまで連れてきてくれたことが。
何よりも、嬉しいんだよ。




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