「ねーむー……。」
ふぁぁあ、と大あくびをしてから、テレビをつける。相変わらず殺伐とした物騒なニュースばかりを流す画面を早々に切り替えると、昨日録画していたドラマを再生した。
「…上司のが好みだなぁ、私。」
インスタントコーヒーを入れながら、感想を呟く。まぁメインはその上司、ではなくて。
「……………。」
ふと、思う。
恋から遠ざかった、恋することを忘れた、そう、それはまるで。
「私も…干物予備軍…なんだろうなぁ……」
カランと音を立て、スプーンがマグカップの中へと沈んだ。





恋をしてると気付いた朝に








(で、出かけた先で、劇的な出会いでもあればいいんだけどね)
適当に身なりを整えて向かった先は、駅前のコンビニ。せっかくの休日の始まりが雑誌の立ち読みというのも味気ないが、お金をかけずに情報を入手するためだ。仕方がない。
(あ、これ私が目つけてたスカートじゃん。やっぱり流行るか)
休日の早朝ということもあって、人はほとんどいない。周りの目を気にすることもなく、はいつしか没頭していた。
「いらっしゃいませー」
店員の声に、ふと我に返る。
…いけない、集中し過ぎた。
ふっと力を抜いて、横に目をやれば。
「………………工藤?」
劇的な、出会いが、あった。
「あ、やっぱり?」
ただし、振り向いた先にいた彼は、上下ジャージ、片手にはコンビニの袋。無論自分も誉められた格好ではない。…かなりお互い様な状態だ。
「…あんた、何してんの?こんなトコで」
「何ってー…朝飯の調達」
がさ、と上げた右手の袋から、菓子パンがいくつか見える。休日の朝に、コンビニで、菓子パンの調達。
「………ちょっと、話す?」
「オゥ」
読みかけだった雑誌はラックに戻し、はおにぎりを一つとってレジへ向かった。





「……呆れた。あんた、まだ結婚してなかったの?」
「呆れたはないだろ」
少し歩いた先にある公園のベンチで、がおにぎりを開封する手を止めて言った。
「久しぶりに会った級友に対して、ちっとばかり辛辣過ぎやしませんかね」
メロンパンを頬張りながら言った新一に、「だって…」と口ごもる。
(一番早く結婚すると思ってたんだもの)
はむっ、とおにぎりを口に含む。
…正直、こんな形で新一に再会することになるとは思わなかった。
確かに高校時代には仲良くしていたと思っていたのに、あいつ、結婚しましたの報告もないのか、なんて最近、思っていたばかりだったから。まだ結婚してないとか、選択肢にもなかったのに。
「確かに、もう結婚してるやつもいるけどさ」
「うん」
他の級友からの連絡は、実は何件かもらっている。式に出るほど親しくはなかった友達も、一緒に馬鹿やった友達も。
「あの、さー……」
「ん」
「聞いても、いい?」
「駄目」
「………そ。」
「そ。」
何を聞きたかったのか。
新一は即座に感知し、そして、それを拒絶した。…それ以上、深く追求する気もない。
「今、何してるの」
オニギリの包みを袋に突っ込んで、ゴミ箱を探して立ち上がりながら聞く。
「探偵。」
返ってきた答えは淡白で、それでも十分だった。
(結局なったんだ、探偵……)
そうして今も、あの広い家に住んでいるのだろうか。
あの頃と、変わらぬままに。


…高校時代、恋をした。
けれどそれは、色づく前に自分で殺してしまって。
恋より友情をとることに躊躇うような、そんな年じゃなかった。
おかしなことに、それ以降、全く恋をしなくなってしまって。
大学に行って、卒業して、今の会社に勤めて、大分なるのに。
いい男がいないわけじゃない、誘いがないわけじゃない。
それだというのに、全くもって、自分の心は、動くことがなかった。
…それが、どうだろう。


(困ったな)
どうやら私は、私の心は。
(高校時代で、止まってたのか…)
久しぶりの再会で、こんなにも簡単に、動き出してしまった。
干物になっていたわけじゃない、ただ眠っていただけだったのだ。


恋をしてると気付いた朝に、ほんのり髪を切った。
鏡の中にも映らない、4,5ミリの小さな決意だった。


それをふと思い出し、そっと自分の髪に触れる。
…あの頃より、今は、もっと髪も伸びているけれど。

?」
立ったままでいると、後ろから声をかけられる。
「…ん?」
「いや。ゴミ箱、そっちにあるぞ」
「ありがと」
すたすた、とそちらに向かって、ぽす、と放り込む。
…さて、どうしたものだろう。
このまま戻ればきっと、「じゃあな」で終わってしまう。
再会の約束なんて、決してしないままに。
それでも私は、気付いてしまったんだ。
自分の思いに気付いてしまった今、それを、無視することなんてできない。
そうしたら、きっと、今度こそ、私の心は。
「工藤!」
「…………ん」
くるりと振り向いた先にいた彼は、なんだか、妙な微笑を浮かべていて。
あ、やべ、と思った。
そういやさっき、職業聞いたばかりだったな、なんて。
それきり固まってしまったに、新一は黙ってベンチから立ち上がる。
「じゃあな」
「あ、」
待って。
喉元まででかかった言葉が、見えない栓で塞がれたようにせき止められる。
…行って、しまった。
追いかけるべきだろうか、そんなことを考えていたら、ベンチに残された小さな紙切れがふと目に入った。
「工藤探偵事務所」
素っ気無くアドレスと電話番号だけが書かれた名刺に驚き、裏面もひっくり返してみてみる。
「助手募集中」
走り書きされた文字に、ドキンと胸が高鳴る。
慌てて視線を上げても、もうそこには、彼の人の姿はなくて。
「……………っ!」
ぎゅ、と握り締めた名刺は、小さくて素っ気無い、ただの紙切れだったけれど。
そこからじんわりと、あたたかな何かが確かに流れ込んできていた。



恋をしてると気付いた朝に、

…さあ、今度の恋はどうしようか?




----------------------------------------------------------------
                               ♪song by Mitsuki 「青い風」

ムツミさんに色々なお礼をこめて捧げさせていただきましたv
BACK