変わらないものなんて、ない。 「大きくなったわね、ハヤテ号」 「ワン!」 軍の裏庭で遊ぶブラックハヤテ号を見つめつつ、ホークアイは微笑みながら呟いた。 拾ってこられたときには片手で抱けるサイズだったが、今ではさすがに不可能だ。 「あ、中尉!」 「? あら、フュリー曹長」 自分と同じく、昼食をここでとるつもりらしい。他の面々は食堂だろうか。 「他のみんなは?」 「食堂です。あ、でも…」 ホークアイの横に腰を下ろしながら、ちらりと上の方へ視線を向ける。そこには、何やら必死になって机に向かっている上官の後ろ姿が見えた。 「…大佐は、昼抜きでやってます」 「そうなるとは思っていたわ」 じゃれついてきたハヤテ号を撫でながら、フュリーが苦笑する。今朝方、日頃の怠慢でただでさえ多い書類の山に、大量の追加分が届いたのだ。ロイが目を通さなければ意味がないため、何も手伝うことはできない。 「ははっ、おまえ、ちょっと見ない間にまた大きくなったなあ!…あ、そうだ!」 「?」 ふいにフュリーが声を上げ、持ってきていた手提げの中からがさがさと何かを取り出した。 「じゃーん!今日、他のことに使うためなんですけど、たまたま持ってきてたんです」 「…カメラ?」 フュリーが取り出したものを見て、ホークアイがきょとんとした声を上げる。それで、何をしようと言うのだろう。 「せっかくですから、ハヤテ号の成長記録として撮りませんか?ほら、中尉も一緒に」 「え、私は」 断ろうかどうしようかわたわたと悩んでいる内に、走り回っていたハヤテ号を膝の上に置かれる。ちらりと見やれば、ハヤテ号は撮られる気満々らしかった。すましてポーズを取っている。 「…わかったわよ」 観念して、フュリーの構えるレンズへ視線を向けた。 同じものは、二度と撮れない カシャッ、と乾いた音がする。遠い目をした瞬間にシャッターを切られてしまったようだ。 「もう一枚、撮っておきますか?」 「もう十分よ」 同じ日は、二度と来ない 「んー…さっさと現像に出したいんだけどな。その辺の空でも…」 「ねえ、」 私、なんだか無性に悲しいの。 「その、写真…」 「あ、現像できたら中尉にも差し上げますよ」 空を撮っていたフュリーが、構えていた手を下ろして言う。 「違うの、そうじゃなくて」 同じ空は、二度と撮れない 「…妙なことを言うものだ、と笑ってくれて構わないわ。でも、話だけでも聞いてくれる?」 「ええ…僕でよければ」 木陰に並んで座ると、ホークアイはぽつりと呟いた。 「…変わらないものなんて、ないのよ」 ハヤテ号、自分、花、空、今この瞬間。カメラで映したものが、その全てが、決して未来には残せないものであると、自分たちは知っている。知ってしまっているのだ。 「残らないものを残す…ということが、なんだか悲しいの。“変わらないものは何もない”ことはわかりきっているのに、また同じことを言われているような気がして」 「…そうかも、しれませんね。確かに、カメラに映ったものは二度と撮れませんし、変わらないものもありません」 (やっぱり、そうなのね) 彼もまた、自分と同じ。 「でも」 「…え?」 否定の言葉を続けたフュリーに、ホークアイははっと顔を上げた。 「変わらないものや、残らないものは、目に映るものだけです。…想いや願いは、変わらないものでしょう?」 想いや願いは、変わらない 「……っ」 そんな、 「…変わらないものだって、ありますよ」 単純なことに、気付かなかったなんて。 「中尉が一番、よくご存知でしょう?」 その言葉に誘われるように、視線を上へ向ける。先ほどまで見えていた背中は、見えなくなっていた。資料を提出に行っているのだろう。 「それにですね、中尉」 にっこり笑って、フュリーはカメラを持ち上げた。 「決して残せないものだからこそ、こうして撮ることで忘れずに済むんです。写真に撮ることで思い出を残せば、それは“想い”のかたちとして、消えずに残りますよ」 「…そう、ね。そうかもしれないわね」 残せないものだからこそ。 「ねぇ、フュリー曹長」 「はい」 くるりと背を向けてから、ぽつりと言う。 「…写真、現像できたらもらえるかしら」 それを受け、フュリーはぴっと敬礼して言った。ホークアイには見えていないと、わかってはいたけれど。 「はい、喜んで!」 「ありがとう」 昨日から今日へ、今日から明日へ。 …引き継がれてゆく想いは、変わらない。 ---------------------------------------------------------------- BACK |