(なんで…!!) 今日も下調べは完璧だった。仕掛けもばっちり作動したし、逃走用経路も確保していた。そう、どこにもぬかりはないはずだったのに。なのに、どうして。 「ちょっ…ねえ、下ろしてよ!あんた怪盗キッドでしょ!なんでこんなことしてんの!?」 「怪盗キッドだからですよ、お嬢さん!」 …女の子を抱いて、走っているんだろう。 「金持ちはやることが派手だねー…」 立食パーティーの会場で鶏肉をつつきながら、快斗はボソリと呟いた。ちなみに、初老の男性に変装済みである。 大手金融会社、日下グループ総取締役である日下会長の誕生パーティー。今年で還暦だとかで、各界のお偉いさんがこぞってゴマをすりにやってきたというわけだ。まあ中には強面の人間もおり、この業界の根深さをそこはかとなく感じさせている。 『皆様、お待たせいたしました!会長からご挨拶があります!』 拡声器を伝わり聞こえた声に、快斗は手近なテーブルに皿を置いた。…いよいよ、お目にかかれるようだ。 「ピース・オブ・ムーン…月の欠片、か」 最初は「星の欠片」と名付けられたが、あまりの大きさに改名されたというビッグジュエル。真偽のほどは定かではないが、それほど大きいということは確かだろう。 壇上に上った日下会長がひとしきり口上を述べてから、脇にいたガードマンから黒い箱を受け取る。中は見えないが、考えるまでもない。 『えー…皆、既に知っておろうが、この“月の欠片”を頂くという、小癪な予告状が届いた。怪盗キッドとかいうコソ泥だ。だがこれは、ワシがやっとの思いで手に入れた財宝!渡しはせん!皆の衆も、怪しい輩がおったらすぐに報告するように!』 わーっ、と歓声が上がる。だが、日下会長はそのままふたを開けずに、再びガードマンの手に戻した。 (…成程?本物をそのまま所持してるほど、馬鹿じゃないってことか) 中身は空か、イミテーションか。どちらにせよ、ぱっと見で分かってしまうから敢えて見せなかったのだろう。まあ、この会場内に中森警部の姿がない時点で想像はしていたが。 (ってもまあ、場所はわかってんだけどな) この会場に来たのは、万が一本物を所持していたときのための保険だ。ここにないとなれば、もう用はない。 「予告時間まで、あと一時間半か…」 まだ、時間的に余裕がある。 「んじゃ、もーちょいご馳走になるとしますか♪」 …鼻歌交じりに言って、牛フィレ肉に手を伸ばしたのだった。 「予告まで、あと十分…」 会長が所有している、海辺の倉庫の中の一つ。その屋根の上であぐらをかき、快斗は時計を見て呟いた。 事前に調べた結果、ここで中森警部他数名の警官が警備をしていると突き止めたのである。 (……ん?こんな時間に一人歩きしてんのか?) ふと見下ろした海岸線を、一人の少女が歩いているのが目に入った。どこかからの帰り道なのだろうが、時間が時間である。…だが、危ないな、と思ったところで、時計の針が11時を示した。 (…とりあえず、今は仕事っ…と!) フッ 「なっ…なんだ、どうした!?」 「中森警部、予告の時間です!」 「馬鹿な!?やつは、ここをどうやって…」 にわかにざわつき始めた階下を見つめつつ、快斗は暗視スコープ越しに素早く視線を巡らせた。 (! あった) もともと、そんなに広い倉庫ではない。中森警部の背後にある、革製の鞄。あれに間違いなかった。 たんっ、と軽やかに降り立ち、まだ暗闇に目が慣れていない警官達の合間をすり抜ける。そっと背後から忍び寄り、鞄に手を掛けたときだった。 ビーッ!ビーッ!ビーッ! 「かかりおったなキッド!!」 「うげっ!?」 鞄からけたたましい警戒音が聞こえ、同時に真っ赤なランプが点滅して回転を始める。…暗闇に浮かぶ警部の顔は、かなり迫力があった。 「今日こそとっ捕まえてくれるわ!」 「うわっ」 がばっ、と腕を伸ばしてきた中森をなんとかかわし、鞄を抱えたまま外へ飛び出す。…が、鳴るわ光るわで目立ちまくり、とてもではないが逃げ切れそうもない。 「待ていキッドー!!」 「このっ…くっ…そぅっ…!」 ガチャガチャと鍵をいじるが、走りながらなのでなかなかうまくいかない。無論、こうしている間も鞄はけたたましい音を響かせている。 カチッ 「! 開い…」 た、と言葉を続けようとして、絶句する。ぱかっ、と開いた鞄から、固定されていなかった“月の欠片”がこぼれ落ちたのだ。 「…なに?これ」 さらに、サイレン音にひかれてやってきた少女――先ほど歩いていた――がそれを拾ったのである。絶句するよりほかなかった。 (あーもう仕方ねーなっ!) 「きゃあっ!?」 がばっ、とその少女を抱き上げると、快斗はそのまま走り出した。止まっている余裕はない。 「おのれキッド、人質をとったかー!」 (これのどこをどう見ればそういう解釈ができるんだよ…!) 内心悲鳴をあげながらも、足を止めることなく走り続ける。 「ちょっ…ねえ、下ろしてよ!あんた怪盗キッドでしょ!なんでこんなことしてんの!?」 「怪盗キッドだからですよ、お嬢さん!」 あそこで無理矢理奪い取ろうとすれば、彼女は本能的にとられまいとして抵抗しただろう。とはいえ、そのまま通り過ぎたら中森警部の手に渡るだけである。 「…逃げてるの?」 「ええ、その通りです」 あくまでポーカーフェイスを崩さず言った快斗に、少女は黙って右の方を指さした。 「…?」 「そこ、右折して。切り立った崖があるから」 そして、小さく付け加える。 「…飛べるでしょ?」 「ええ。…ご協力、感謝いたします」 にっこり微笑み、彼女が示したほうへ曲がる。そこで、急に視界が開けた。 (よし…!) 本当ならば一人で飛び立ちたい。…が、今彼女から宝石を奪い取って放り出したりしたら、間違いなく事情聴取を受けることになるだろう。 (…それに) 手元の宝石を見つめながら、しっかり握っている様子を見れば迷う余地はない。彼女は、飛ぶ気だ。 「…お名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」 あと20m。 「やつを飛ばすなぁ!総員全力疾走ー!!」 「…。、よ」 あと10m。 「…では嬢。しばし、夜の散歩にお付き合いいただけますか?」 あと5m。 「…ええ」 3m。 「おのれキッドー!!」 ガードレールに、足がかかる。 「…喜んで。」 次の瞬間、を抱いたまま、快斗は地を蹴っていた。 「…しっかり捕まっていて下さい。少々風が強いので」 「ん…」 ぎゅ、と遠慮なく首に腕を回してしがみついてきたに、快斗は軽く目を見開いた。自分で言ったとはいえ、少し照れくさい。 そのまま、ゆっくりと着地し、を地に降ろした。…が、の手が快斗の首から離れない。 「あの…?」 「私がこれを渡したら、行っちゃうんでしょ?」 すっと離れ、片手で“月の欠片”を弄びながらそう言う。それはそうだ、それが仕事なのだから。 「…ええ、まあ」 成り行き上、連れてきてしまったの態度に、快斗はなんとはなしに不安になった。一体これから、なにを言われるのか。 「…あの、ね」 言いにくそうに一旦俯いてから、ぐっと顔を上げて言う。 「一目惚れした、って言ったら?」 「……え?」 予想だにしなかった彼女…の言葉に、快斗は瞬間、固まってしまった。それを逃さず、が走り出す。 「え、ちょっ…!」 「これ、ないと困るんでしょー!?」 既にだいぶ先に行ってしまったが、“月の欠片”をぶんぶか振りながら言う。そりゃ困る、なにしろまだパンドラかどうか確認していないのだ。 取り返さなければと、走り出そうとしたときだった。 「私を見つけて」 見つけてくれたら、返してあげる。 そう言うと、は全力で走り去ってしまった。…さすがにもう、追いつける距離ではなくなった。 「…は、ははっ」 “私を見つけて”か。 名前と顔しか知らない少女。強引な手を使って自分を誘ったあたり、ただ者ではない。これから自分が彼女に想いを寄せるのかどうか、それはわからない。けれど。 「…嫌いじゃないぜ、その根性。」 勝つか負けるか、盗るか盗られるか。 …さぁ、ゲームの始まりだ。 ---------------------------------------------------------------- 珠琉さん、リクエストありがとうございました! (from 休止企画) BACK |