「見ろよ、鹿せんべいだ鹿せんべい!オメーこれ食うだろ?」 「誰が食うかぁぁぁっ!!」 「へぶっ!」 快斗にコークスクリューキックを決め、はその手から鹿せんべいを奪い取った。無論、鹿にあげるためである。 「…しかし」 せんべいを求めてわらわらと寄ってくる鹿たちは、東京の公園にいる鳩と大差ない。なんともいえないものを感じながら、は手元のせんべいを鹿相手に差し出した。 …ただいま、修学旅行真っ最中である。 「オメーなぁ、本気で蹴るか?普通」 「手加減したら快斗には当たらないもん」 「見て、千枚漬け売ってる!」 「え、本当!?買いたい買いたいー!」 青子に呼ばれて行ってしまったの後ろ姿を見送り、快斗は深々とため息をついた。…全く、本当に修学旅行中に伝えられるんだろうか。…この、想いを。 (…無理だ。うん。) 少しでも好意を持ってくれていたら、コークスクリューキックを決めたりはしないだろう。 「あらあら。天下の大泥棒さんにも、盗めないものがあるのかしら?」 がしがしと頭をかいていた快斗が、ゆったりと近づいてきた人影…紅子を、三白眼で睨めつける。 「…どっちも、何のこと言ってんのかさっぱりわかんねーな」 同じグループの仲間は、皆土産物を買いに奔走している。と青子も例に漏れず、買い物を満喫しているようだ。四泊五日の旅も、明日で最終日である。 「別に?ただ、うかうかしてたら…と、忠告にきただけよ。修学旅行でうかれているのはあなただけじゃない、ってことをね」 「? それって、どういう…」 快斗が疑問符を浮かべていると、青子がぱたぱたと足音をたてながら戻ってきた。片手に一つずつ、おみやげ袋を持って。 「おい青子、それ、一つはのだろ?あいつはどこ行ったんだ?」 目ざとく見つけた快斗が尋ねると、青子がなんでもないように言った。 「なら、隣のクラスの男子に呼ばれて行ったよ。なんか話があるって」 「! にゃろっ…」 横手で笑みを浮かべている紅子を、軽く睨みつける。なるほど、そういうことか。 「おい青子。はどっちに行った!?」 「どっち、って…このお店の裏側に、」 青子がそこまで言ったとき、当のがゆっくりと姿を現した。 「あ、!」 「うん?どうかした?青子」 青子が差し出した土産袋を受け取りながら、がきょとんとして聞く。 「なんかね、快斗が…」 「あ、いや!なんか青子しか戻ってこなかったから、はどうしたのかなーと…」 しどろもどろと言った快斗に、があっけらかんとして答える。 「告白されたんだ。断ったけど」 「「えっ…」」 青子は喜々として、快斗は硬直して同時に声を上げる。 「なんでなんでー!?あのこ、すっごいカッコいいって評判なのにー!」 「あーうん、それはね…」 (オレも聞きたい…!!) 女の子同士なら、興味本位で聞いたところで問題はないだろう。だが自分が詳しく聞いたりしたら、不審以外の何物でもない。 「えーっ!そうなの?ちょっと、それってもしかして…」 「だー!そこから先は秘密!」 遠くから会話の端々が聞こえ、余計に気になってしまう。 「おい紅子、なんかないのか!?遠くの声が聞こえる魔術とか!」 必死になっている快斗に、紅子はあっさりと言い放った。 「偉大なる魔術を便利なアイテム扱いしないでくれる?それに、女の子には女の子だけの会話があるのよ」 「〜〜っくっそー!」 どうすることもできず、快斗は去りゆく二人の後ろ姿を恨めしそうに見送った。 「はぁ?今から?もう消灯の時間じゃん!」 よく言えばレトロな、悪く言えば古くさい宿屋の一室で、が呆れた声を上げた。 「うん。トランプやろーぜってメールがきた。やだなぁ、修学旅行最後の夜に消灯の時間に寝る人なんていないよ」 友人が、ひらひらと携帯を振りながら言う。一応携帯の持ち込みは禁止されていたが、そんなものを守る女子高生ではない。 「…じゃあ、今から男子の部屋に行くの?さすがに見つかったら大目玉だと思うけど」 が真っ当な意見を述べている間にも、友人たちはちゃくちゃくと準備を進めていた。 「荷物を布団の中に入れて、並べて…」 「わっ、人が寝てるっぽい!」 「携帯の充電器は?隠した?」 「あっ、ヤバい!私充電しっぱなしだった」 「あはは、気付いてよかったじゃん!」 (…うーん) どうにもこれは、 「さ、行くよ!」 「ははは…」 …逃げられそうに、ない。 「…で、そんなメールを送ってきたのはどこの班なの?」 こっそりと廊下を歩きながら、がひそひそと尋ねる。 「えーと…こいつがいる班だから…あ!」 「?」 ぱっ、と輝いた友人の顔に、が眉をひそめる。 「やったじゃん、!快斗がいる班だよ」 「なっ…!」 それを聞いて、がゆっくりと後ずさりした。…いや、しようとするが、友人に両腕をはさみこまれ、動けなかった。 「は…離して!トランプなんか2人以上の人間がいれば可能なお手軽ゲームじゃない!1人いなくたってなんてことないでしょ!」 「はいはい聞こえない聞こえなーい」 「お一人様ごあんなーい!」 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁ!!」 静かに、だが激しい抵抗も意味をなさず。 は、ずるずると廊下を引きずられていった。 「やったーオレまた大富豪ー!」 「えー!ちょっと快斗、あんた絶対イカサマしたでしょ!?」 「してねーっつの!」 (…結局、こうなるわけだ……。) ぎゃあぎゃあと快斗と青子がトランプ合戦を繰り広げる様子をちょっと離れたところから見やりつつ、は勝手にお茶を入れて飲んでいた。既に敗退……眠りについた者も複数いる。 『なんでなんでー!?あのこ、すっごいカッコいいって評判なのにー!』 『あーうん、それはね……私、他に好きな人がいるからなの』 『えーっ!そうなの?ちょっと、それってもしかして、もしかしなくても、快斗のことでしょー!』 『だー!そこから先は秘密!』 昼間のやり取りをぼんやりと思い出す。…自分は、そんなにわかりやすかっただろうか。快斗の前でだけ、特別に態度を変えた覚えはないのだが。 (ヤバい…) 私も、眠くなってきた。 柱時計に目をやれば、既に午前3時を回っている。徐々に動きを止め始めていた思考回路が、ふいに覚醒した。それも、瞬時に。 「足音…」 まだ、遠い。が、確実に、こちらに向かっている。 「「え?」」 の声に、まだ起きていた者が注目する。遊びに夢中で、気付かなかったらしい。 「足音が近付いてる!ヤバいよ!!」 しん……と一瞬の静寂の後、恐怖にも似た混乱が場を支配した。 「ちょっ…もう戻る暇はないよ!?どうしよう!」 「とりあえず電気消せ!!」 「わっ、何も見えないじゃん!」 「布団の中にもぐりこんで…」 「何人でもいいから!とにかく布団に入ってそれっぽくしてろ!女子は顔出すなよ!」 次第に、皆の耳で確認できるほどに足音が近くなってきた。 (えええっ、ちょっとっ、暗くて何も見えないんだけど…!) そんな中、は動けずに固まっていた。布団にもぐりこみたくても、どこに布団があるかすらわからない。下手に動いたら、誰かの手や足を踏んでしまうのは目に見えている。 (でも、このままじゃ……!) 「」 ふいに耳元で聞こえた声に、飛び上がりそうになる。が、次の瞬間には、あたたかな布団の上へ倒れこんでいた。…誰なのかくらい、声を聞けば、わかる。心臓が、予告なしの衝撃に走り出している。 (ここなら、バレねーから。動くなよ) (う…う、ん…) どくん、どくん。 快斗は布団から顔を出して、はもぐりこんでいる。位置的に、ちょうど快斗の胸に顔を押し当てるかたちになった。 どくん どくん どくん … (あ れ…?) 自分だけではない、もうひとつ別の音が聞こえる。やっぱり自分と同じ、早鐘のような心臓の音が。 (もしかして、快斗の…?) 快斗の、音? 自分の音と同調するように、早く、大きくなってゆく。それは、先生が近付いているからかもしれない。そうじゃないかもしれない。ねぇ快斗、もし、そうじゃなかったら、私は… 「…なぁ、」 「ひぃあっ!」 もぞり、と快斗が動いて、布団の中に顔を突っ込んできた。暗闇にもようやく目が慣れ、快斗の顔を確認することも出来る。 「び…びっくりするかもしんねーんだけど、実は、さ、オレ…」 「な…な、に……?」 期待と不安、ないまぜになった感情。だが、そんな中で、は不自然に動くかたまりに気付いた。よく見れば、右でも左でも、なんだか布団が動いている。 「……ねぇ、快斗?」 「オメーら…人の話聞いてんじゃねーぞっ!!」 ばばばばばっ、と地を這う蹴りを連発し、布団の山を撃退する。きゃーだのわーだのの声が聞こえた辺り、間違いなく聞き耳を立てていたのだろう。 「ったく……。 っ!!」 ふいに快斗の腕が、布団の上に出掛かっていたの頭を押し込んだ。 「ぅわっ」 「しっ」 波が引くように静かになった室内に、そっと扉を開く音が響く。うっすらと目をあけると、廊下の明かりが室内に細い筋として入ってきているのがわかった。…見回りの先生だ。 再び、そっと閉じる音が響く。そのまま数十秒もしてからだろうか、皆で長い長い息をついて布団から起き上がった。 「ふー!焦ったぜ!」 「が気付いてくれたおかげだよー」 「続きやろーぜ続き!」 「いや、そんなことないけど…って、あんたらまだトランプやるつもりなの!?」 が呆れた声を上げると、周囲がニヤリと笑みを浮かべた。 「なーに言ってんの!さっきの続きでしょ!」 「実はオレ、のあとよ!ねー快斗!」 「え、ちょっ……」 わたわたと困ったように振り返ったに、快斗は深々と息をついた。…こんなつもりじゃなかったのだが、こうなってしまったら仕方がない。 「オレは…」 「はっ?ちょっと、やめてよ快斗っ!?」 本気でこんなところで言うつもりなのだろうか、さっきの続きを? 「オレはっ!!」 固唾を飲んで見守る友人たちを前に、快斗は堂々と言い放った。 「マジシャンだ!!」 ぼぅんっ!!! 「……は」 煙幕が消え、皆が我に帰ったときには、快斗との姿はそこになかった。 「…寒くねーか?」 「うん、平気。平気だけど…」 どうやって宿屋の屋上まで来たのか、よく理解できていない。疑問符を浮かべてみるも、快斗はその質問に答える気はないらしかった。 「さっきの続きだけどさ」 「あ…うん」 コホン、と小さな咳払いを一つ。すっ、との前まで歩いてくると、快斗はぽんっと音を立てて薔薇の花を差し出した。 「オレは、のことが好きだ」 飾り気のない、まっすぐな言葉が胸に響く。…そう、聞く前から答えは決まっていた。 「…ありがとう。私も快斗のこと、好きだよ」 そう言って、薔薇の花を受け取った瞬間。 「おめでとーっ!!!」 「やっとくっつきやがったなテメーらー!!」 「快斗、キザー!」 扉の影からどばっとあふれた人影に、言葉をなくす。…どうやら、快斗の行動はお見通しらしい。 「…テメーら……」 ゆらり、と怒りの焔を燃やしながら近付いてきた快斗に、友人達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。 「勝手に人の話聞いてんじゃねーぞー!!」 「ちょっ快斗!そんな大声出したら…」 「うるせー!一発殴るまでは許さねーぞあいつら!」 …結局、全員教師に見つかってこってりと絞られました。 ---------------------------------------------------------------- 緋奈さん、リクエストありがとうございました! (from 休止企画) BACK |