午前6時50分の元気予報





「見た!?昨日の真田さんのマジックショー!!」
到着するなり、鞄を放り投げて言ったに、恵子も身を乗り出して応じた。
「見た見たー!最後の空中浮遊、すごかったよね!」
「それもだけどさー、最初のほうにやった…」
「そうそう、さらっとこなしちゃうのがかっこいいんだよね!」
「あとあれ!トランプの…」
「ストーップッ!!」
盛り上がりまくっていた恵子との間に、唐突に青子が割って入ってきた。ひどく真面目な顔をしている。
「恵子……」
ぽつりと言った青子に、二人ははっと顔を見合わせた。
(ヤバい!青子、キッドを目の敵にしてるんだもん…)
(マジックの話題はまずかった…!?)
「三番目にやった、消える孔雀が一番よかったに決まってるでしょ!!」
「……は」
「い……?」
「だからー、青子は孔雀が一番よかったと思うの!他もすごかったけど…」
そう続けた青子に、二人で同時に吹き出す。
「なーんだ!青子ってば怖い顔してるからさー、勘違いしちゃった」
「そうそう、快斗…」
言いかけたに、青子がきょとんとする。
「…快斗?」
「…うキッドのこと、目の敵にしてるから、マジックも嫌いなのかなーと思って」
「そんなことないよー!」
「だ、だよね!キッドなんかと真田さんを並べたら、失礼だよね!」
「そうそう、ちゃんもそう思うよね!あんな最低男、真田さんの足元にも及ばないんだから!」
「うんうん、そうだよね!」
(あっ、危なっ…!!)
嫌な汗をかいたが、青子には気付かれずに済んだようだ。再び昨日の話題で盛り上がりだした二人に、ほっと息をついたときだった。
「…誰がなんだって?」
「ひっ…」
背後から聞こえた声に、びくんっと肩が震える。…入り口を背にしていたせいで、教室に入ってきたことに気付けなかったらしい。
「お、おはよー…快斗くん…」
おそるおそる振り返りながら言うと、満面の笑みの快斗と目が合った。
「あぁ、爽やかな朝だな、!」
…絶対に聞かれた。
「あ、あはは…」
明らかに空回っているポーカーフェイスに、はひきつった笑みを浮かべるしかなかった。





「キッド“なんか”?“足元にも及ばない”?」
「言ってない!二番目は青子のセリフっ!!」
「でも同意した」
「うっ…」
ポーカーフェイスの面を捨て去った快斗は、不機嫌が服を着て歩いているようだった。いや、正確には座っていた。
…男女合同の長距離走の最中に、途中の草むらでこそこそ話しているのだ。
「けどさ、本音で言ったことじゃないくらいわかってるでしょ?」
「ケッ、どうだか」
「…あのねぇっ!私は、快斗のこと」
「足元にも及ばないと思ってた?」
「こんのっ…!」
世界一のマジシャンだと思ってる、と喉元まで出かけた言葉を飲み込む。
(…でも確かに、私も悪かったかもしれない)
慌てたからといって、あそこまで言う必要もなかったかもしれない。
(…わかってるよ、が本心から言ったんじゃないことくらい)
これが、子供じみた自分のわがままだということくらい。
「…私は悪くないからね!絶対謝らない!」
「にゃろう…いい根性してんじゃねーか!望むところだ!」
((どうして…!!))
素直になれない、思っていることがそのまま出てきてくれない。
…本当は、わかっているのに。
「…私、行くから」
「勝手に行けよ」
タイムなんてもう知らない、授業なんて投げ出して帰ってしまいたい。
こっそり涙をぬぐってから、は走り出した。

…結局その日は、それから一言も言葉を交わさずに帰路についた。





「快斗ー?朝よ!」
いつもギリギリまで起きてこない息子を呼びに行くと、すでにベッドの中は空だった。ご丁寧に、枕元にはパジャマが畳んで置いてある。
「…朝ご飯はいらないってわけね?全く…」
苦笑しながら、扉を閉める。…昨日の落ち込み具合から、どこへ行っているのかは想像がついた。
「…しっかりやりなさいよ!」





「おはよー…」
(…ほとんど寝れなかったけど)
眠い目をこすりながら、居間へと降りてくる。
「おはよ。母さん、今日会議があるからもう行くわね。朝ご飯とお弁当、そこにあるから」
「ん。いってらっしゃい…」
ひらひらと手を振って見送ってから、定位置につく。トーストをかじりながら、テレビのリモコンを探した。
(どっちも悪い…だったらどっちから謝ったっていいよね)
朝、学校に着いたらすぐに快斗を捕まえよう。…また、天の邪鬼が姿を現さない保証はないのだが。
「あ、あった…」
憂鬱な気分のまま、テレビをつける。ちょうど天気予報をやっているところだった。
『今日の元気はー…ありあまるほどで好調です。元気指数は100%』
「……は」
いつもとは明らかに違う内容に、半分閉じていた瞳がまん丸になる。画面の中央に立っているのは、いつものお天気お姉さんではなく、見知った顔だった。
「快斗ぉ!?」
『特に、江古田高校近辺は絶好調でしょう。快活な風が吹き荒れます』
右上に出ている“元気予報”の文字に、笑みがこぼれた。…元気予報。こんな馬鹿なことをするのは、あいつしか。喧嘩別れした、あいつしかいない。
『それから』
画面の中の快斗が、こほんと咳払いをする。もう終わりだろう、と鞄をつかんでいたは、動きを止めて画面に見入った。
『絶好の仲直り日和となるでしょう』
ぷつん。
途端に画面が消えて、見慣れた天気予報の映像に切り替わる。まるで、照れたテレビが慌てて局を変えたようだ。
「……仲直り日和、か」
口に出してから、吹き出す。
「…なんのこっちゃ」
さぁ、早く学校へ行こう。言うべき言葉は、見つかった。
テレビの電源を落としてから、玄関を出て鍵を閉める。駆け出そうとしてから、ふいに立ち止まって屋根の上へ視線をやった。
「…あとで、ね」
ちょっと手を振ってから、制服の襟を翻して走り出す。
…わかっている、絶対にあいつは私より先に教室にいるんだ。だから私は、入った瞬間に言えばいい。
「っし、オレも行くか!」
…それから数秒後、屋根から飛び降りた人影が同じく走り出した。ぼさぼさ頭の髪を、風になびかせながら。




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清香さん、リクエストありがとうございました! (from 休止企画)
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