「見た!?昨日の真田さんのマジックショー!!」 到着するなり、鞄を放り投げて言ったに、恵子も身を乗り出して応じた。 「見た見たー!最後の空中浮遊、すごかったよね!」 「それもだけどさー、最初のほうにやった…」 「そうそう、さらっとこなしちゃうのがかっこいいんだよね!」 「あとあれ!トランプの…」 「ストーップッ!!」 盛り上がりまくっていた恵子との間に、唐突に青子が割って入ってきた。ひどく真面目な顔をしている。 「恵子……」 ぽつりと言った青子に、二人ははっと顔を見合わせた。 (ヤバい!青子、キッドを目の敵にしてるんだもん…) (マジックの話題はまずかった…!?) 「三番目にやった、消える孔雀が一番よかったに決まってるでしょ!!」 「……は」 「い……?」 「だからー、青子は孔雀が一番よかったと思うの!他もすごかったけど…」 そう続けた青子に、二人で同時に吹き出す。 「なーんだ!青子ってば怖い顔してるからさー、勘違いしちゃった」 「そうそう、快斗…」 言いかけたに、青子がきょとんとする。 「…快斗?」 「…うキッドのこと、目の敵にしてるから、マジックも嫌いなのかなーと思って」 「そんなことないよー!」 「だ、だよね!キッドなんかと真田さんを並べたら、失礼だよね!」 「そうそう、ちゃんもそう思うよね!あんな最低男、真田さんの足元にも及ばないんだから!」 「うんうん、そうだよね!」 (あっ、危なっ…!!) 嫌な汗をかいたが、青子には気付かれずに済んだようだ。再び昨日の話題で盛り上がりだした二人に、ほっと息をついたときだった。 「…誰がなんだって?」 「ひっ…」 背後から聞こえた声に、びくんっと肩が震える。…入り口を背にしていたせいで、教室に入ってきたことに気付けなかったらしい。 「お、おはよー…快斗くん…」 おそるおそる振り返りながら言うと、満面の笑みの快斗と目が合った。 「あぁ、爽やかな朝だな、!」 …絶対に聞かれた。 「あ、あはは…」 明らかに空回っているポーカーフェイスに、はひきつった笑みを浮かべるしかなかった。 「キッド“なんか”?“足元にも及ばない”?」 「言ってない!二番目は青子のセリフっ!!」 「でも同意した」 「うっ…」 ポーカーフェイスの面を捨て去った快斗は、不機嫌が服を着て歩いているようだった。いや、正確には座っていた。 …男女合同の長距離走の最中に、途中の草むらでこそこそ話しているのだ。 「けどさ、本音で言ったことじゃないくらいわかってるでしょ?」 「ケッ、どうだか」 「…あのねぇっ!私は、快斗のこと」 「足元にも及ばないと思ってた?」 「こんのっ…!」 世界一のマジシャンだと思ってる、と喉元まで出かけた言葉を飲み込む。 (…でも確かに、私も悪かったかもしれない) 慌てたからといって、あそこまで言う必要もなかったかもしれない。 (…わかってるよ、が本心から言ったんじゃないことくらい) これが、子供じみた自分のわがままだということくらい。 「…私は悪くないからね!絶対謝らない!」 「にゃろう…いい根性してんじゃねーか!望むところだ!」 ((どうして…!!)) 素直になれない、思っていることがそのまま出てきてくれない。 …本当は、わかっているのに。 「…私、行くから」 「勝手に行けよ」 タイムなんてもう知らない、授業なんて投げ出して帰ってしまいたい。 こっそり涙をぬぐってから、は走り出した。 …結局その日は、それから一言も言葉を交わさずに帰路についた。 「快斗ー?朝よ!」 いつもギリギリまで起きてこない息子を呼びに行くと、すでにベッドの中は空だった。ご丁寧に、枕元にはパジャマが畳んで置いてある。 「…朝ご飯はいらないってわけね?全く…」 苦笑しながら、扉を閉める。…昨日の落ち込み具合から、どこへ行っているのかは想像がついた。 「…しっかりやりなさいよ!」 「おはよー…」 (…ほとんど寝れなかったけど) 眠い目をこすりながら、居間へと降りてくる。 「おはよ。母さん、今日会議があるからもう行くわね。朝ご飯とお弁当、そこにあるから」 「ん。いってらっしゃい…」 ひらひらと手を振って見送ってから、定位置につく。トーストをかじりながら、テレビのリモコンを探した。 (どっちも悪い…だったらどっちから謝ったっていいよね) 朝、学校に着いたらすぐに快斗を捕まえよう。…また、天の邪鬼が姿を現さない保証はないのだが。 「あ、あった…」 憂鬱な気分のまま、テレビをつける。ちょうど天気予報をやっているところだった。 『今日の元気はー…ありあまるほどで好調です。元気指数は100%』 「……は」 いつもとは明らかに違う内容に、半分閉じていた瞳がまん丸になる。画面の中央に立っているのは、いつものお天気お姉さんではなく、見知った顔だった。 「快斗ぉ!?」 『特に、江古田高校近辺は絶好調でしょう。快活な風が吹き荒れます』 右上に出ている“元気予報”の文字に、笑みがこぼれた。…元気予報。こんな馬鹿なことをするのは、あいつしか。喧嘩別れした、あいつしかいない。 『それから』 画面の中の快斗が、こほんと咳払いをする。もう終わりだろう、と鞄をつかんでいたは、動きを止めて画面に見入った。 『絶好の仲直り日和となるでしょう』 ぷつん。 途端に画面が消えて、見慣れた天気予報の映像に切り替わる。まるで、照れたテレビが慌てて局を変えたようだ。 「……仲直り日和、か」 口に出してから、吹き出す。 「…なんのこっちゃ」 さぁ、早く学校へ行こう。言うべき言葉は、見つかった。 テレビの電源を落としてから、玄関を出て鍵を閉める。駆け出そうとしてから、ふいに立ち止まって屋根の上へ視線をやった。 「…あとで、ね」 ちょっと手を振ってから、制服の襟を翻して走り出す。 …わかっている、絶対にあいつは私より先に教室にいるんだ。だから私は、入った瞬間に言えばいい。 「っし、オレも行くか!」 …それから数秒後、屋根から飛び降りた人影が同じく走り出した。ぼさぼさ頭の髪を、風になびかせながら。 ---------------------------------------------------------------- 清香さん、リクエストありがとうございました! (from 休止企画) BACK |