リトル・キッド





ちく、ちく、ちく。
「…よーしっ、できた!」
完成した「それ」を、は満足そうに眺めた。しわがつかないように、丁寧に畳んでから近くにあった紙袋へ詰める。
「ふふふ…明日が楽しみだな」
紙袋をベッドサイドに置くと、は満足げな笑みを浮かべて眠りについた。





“写真館”と大きく書かれた扉を開き、中に入る。すぐに目に入った小さな姿に、が声を掛けた。
「こんにちは、くん」
「あっ、姉ちゃん!」
足の裏にバネでも付いているんじゃないか。そんな勢いで跳ねるように走ってきたを、がしっかりと抱きとめる。
「お、カッコいいの着てるじゃん!」
「でしょ!でしょ!カッコいーんだ!」
七五三のお祝いで正装してるが、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。そんなをなだめながら、後ろから叔母が姿を現した。
「こんにちは、ちゃん」
「こんにちは、叔母さん」
「今日はわざわざありがとね」
やはり正装していて、優雅な身のこなしには着物がよく似合っていた。の晴れ姿が嬉しいのだろう。始終にこにこしていて、見ているこっちまでつられて笑顔になってしまう。
「撮影、終わったんですか?」
本題はここからだ。
ドキドキしながらが聞くと、叔母がええ、と小さく頷きながら言った。
「あとは一人の写真を何枚か撮って、それでおしまいよ」
「じゃあ!」
ぱっ、と顔を輝かせると、は足下に置いていた紙袋を手にして勢い込んで言った。
くんに、これ着て欲しいんです!」





「〜♪〜♪」
が着替えているのを待つ間、は待合室のテレビをつけて鼻歌を歌っていた。テレビの中のアナウンサーは、興奮しながらまくしたてていて――――
『いよいよ今日が予告日です!ご覧下さい、昼間から多くの方が集まってキッドを待っています―――ではここで、前回の映像をどうぞ!』
ぱっと画面が切り替わり、途端に真っ白なマントが画面を覆う。続いて映る、優美な微笑み……
「…やっぱりかっこいいなぁ、怪盗キッド…」
手近にあったクッションを抱え込み、しばし時を忘れて画面に見入る。ひとしきりキッドの映像が流れてから、再びアナウンサーが映った。
――…また、今日は七五三と重なったため、小さな子供たちもたくさん―――
姉ちゃん!」
ふいにかけられた声に、テレビに集中していた意識を慌ててそちらへ向ける。
「! くん…」
「えへへー、似合う?」
―――真っ白のマント、それに合わせた白いスーツ。中は青いシャツで、赤いネクタイが全体を引き締めていた。ぴったりのサイズのシルクハットとモノクルは、本当によく似合っていた。
…どこからどう見ても。
「きゃぁぁぁくん可愛いぃぃぃぃっ!!」
“ちびキッド”となった悠を、はぎゅううっと抱きしめた。苦労して作っただけあって、我ながら感嘆してしまうほどの出来だ。
「かっこいい?ねぇ、ぼくキッドみたい?」
「うん、すっごいかっこいいよ!超かっこいい!」
親戚一可愛いの七五三に間に合うよう、頑張った甲斐があった。想像以上だ。
再びが抱きしめていると、普段着に着替えた叔母が姿を見せた。
―――あら、可愛いキッドね」
が作った衣装を気に入ってくれたらしい。写真館の人々も続々と集まってきて、口々に賞賛した。
「わぁ、かっこいいなーぼく!本物のキッドみたいよ」
「すごいな、ここまでつくるのは大変だったろう」
「いやぁ、愛ゆえにです」
が照れていると、写真館の人がどこかからバラを持ってきてそれをの手に握らせた。
「キッドにはバラよね!」
「わーい!」
…まぁ確かに、バラの一本や二本くわえている図も似合うだろうが、キザに磨きがかかるように思うのは自分だけだろうか。
「じゃあ撮影に入ろうか!」
「バックは夜景よねー」
「東都タワーの画像、あったっけ?」
わいわいと相談を始めた写真館の人々とを見送り、は再びテレビへ目をやった。予告時間と左上に出ている時刻を比べると、ニッと笑みを浮かべる。
「…行っちゃいますか!」
せっかく作ったのだ。どうせなら、本人にも見てもらおうではないか。
は早速、ここから現場までの行き方を調べ始めた。





「キッドー!がんばれー!」
足下で、が声を張り上げて叫んでいる。予告5分前、と悠はなんとか間に合った。叔母は家のテレビでチェックするといって、ここには来ていない。
くん、見える?」
「うん…」
ちょっと不満そうな返事に、苦笑する。仕方ない、自分ですらかすかに向こうが見えるほどの人だかりなのだ。悠に至っては何も見えないだろう。
「キッド来たら、抱っこしてあげるから」
「うん!」
小さなキッドとなっているの周りには、かなり多くの人が集まっている。自分の衣装が認められるのは嬉しいが、これでは本物がさっぱり見えない。
(もっとむこうにいけば、みえるかなあ…?)
『予告十秒前になりました!!』
拡声器を通して聞こえた声に、を抱き上げようと横を見る。…だがそこに、の姿は見えなかった。
「…っ、悠くん!?」
焦った声を上げたに、後ろにいた女性が声を掛ける。
「小さなキッドくんなら、ちょっと前に向こうの方に行ったよ」
「なっ…」
この人混みだ。見つけるのが容易ではないことくらい、すぐにわかる。
「ありがとうございますっ!」
気づいてたなら止めてくれればいいのに、と心中で小さく文句を言ってから、は小走りで駆けだした。…みんなが騒いでいる頭上の白い影に、目をやる余裕もなく。





くんっ!」
時刻は九時三十分。いつものキッドならば、手際よく獲物を盗って退散しているだろう。だがそんな時間になっても悠は見つからなかった。目立つ格好をしているので目撃情報には事欠かないのだが、いったいどこまで行ってしまったのだろう。
(どうしよう…!やっぱり、誰かに連絡して…)
電話をしようと、携帯に手をかけたとき。
視界の端にちらりと、白いものが映った。ふわりとなびくそれは、純白のマント――
「あっ…くんっ」
裏路地に消えたそれを追って、は急いで角を曲がった。
「!」
「…こんばんは、お嬢さん」
淡い月明かりの下、真っ白のマントをなびかせ…優雅な身のこなしで、軽く一礼する彼は。
「かっ…かっ、怪盗キッド!?」
一歩身を引き、上擦った声でなんとかその名を呼ぶ。そんなを見て、キッドは「心外だ」と言わんばかりに首を振った。
「私を探していたでしょう?見つかったんですから、もっと喜んで下さい」
「…え?私は、悠くんを」
そこまで言って、言葉を切る。キッドのマントの陰から、小さなシルクハットが見えたのだ。
「! くんっ」
急いで駆け寄るが、はマントを盾にしてくるくる逃げ回る。
「ちょっ、どうしたの?なんで逃げるの?」
「…貴女に叱られると思っているのですよ」
「え?」
の目線に合わせてかがみこんでいたは、頭上から降ってきた声に慌てて視線を上げた。そうだ、に駆け寄るということはキッドに駆け寄るということ―――…
キッドがふいにかがみこみ、の姿が丸見えになる。慌てたの肩をそっと掴むと、おずおずとの前に出てきた。
「…勝手に動いて、ごめんなさい」
「ううん、私の方こそ目を離しちゃってごめん…!」
ぎゅっ、とを抱きしめると、キッドがつと立ち上がった。
「その衣装、見事なものでしたよ。遥か頭上からでもよくわかりました。…さて、私の役目は、この震えるひな鳥を送り届けることまでです。それでは、」
「待って!」
「…え?」
そっとを下ろし、胸に刺さったままのバラの造花を抜き取る。そしてそれを、キッドの手に握らせるとにっと笑って言った。
「この子には、まだバラは早いわ。やっぱり、あなたの方がよく似合う。…今日は、本当にありがとう」
そしてバラにちゅっとキスをすると、はぱたぱたとの元へ駆け戻った。
「キッドのお兄ちゃん、ありがとう!」
「え…あ、いや…」
フリーズしていたキッドが、はっとしたように間の抜けた声を上げる。その後すぐに、「では、これで…」と呟くと、ぽんっと音をたてて消えた。
「…キッドのお兄ちゃん?おじちゃんじゃなくて?」
世間では、ダンディなおじさまと評判だったはずなのだが。そう思ってが確認すると、がにっこり笑って言った。
「うん!ボクが迷子になってたら、空からおりてきて姉ちゃんのところまでつれてきてくれた、お兄ちゃん!」
「……へー」
の保護者が自分だとわかったということは、さきほど言っていたように頭上から見たということだろう。本人に褒められたことになんだか照れくさい思いを抱きつつ、を連れて帰路についた。





…それから何事もなく数日が過ぎ、再びキッドが予告した日がやってきた。
おとなしくテレビの前に座りながら、ぼんやりと思い出す。
…あの晩のことが、まるで夢のようだ。
『出ました!キッドです、時間ちょうどです!!』
さわがしくなった画面をに目をやり、は思わず硬直した。…キッドの手に、あのときのバラが握られていたのだ。
「ちょっ…あれ、この前の…!」
食い入るように画面を見つめていると、やおらキッドは、そのバラにキスをした。そのまま流れるような動作で、テレビ画面に向かってバラを差し出し微笑みかける。
『きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『ご覧ください、この大歓声…相変わらずのキザな仕草に観客は釘付けです!』
がキスをしたバラに、キッドが同じくキスをした。…いったい、なんだというのだろう。
「………っ」
紅潮した頬に、手をやる。もはや画面を直視していることはできなかった。


この前は気づけなかった、夜空を切る白い影。
…一時間後、は、この部屋に向かって飛んでくる白い影を見つけることになる。



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松山佳央理さん、リクエストありがとうございました! (from 休止企画)
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